「モテ泣き」シリーズの谷 春慶による、新作!



著:谷 春慶/イラスト:崎由けぇき
 
理不尽神話系修羅場コメディ、

絶賛!発売中!


konorano_kamikourinn

さて。『神☆降臨!』が、どんなお話しかというと
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平穏な人生を夢見て、日夜勉学に勤しむ主人公・山田。
だが、彼の日常はあっけなく崩壊した……それも、ギリシア神話の主神・ゼウスのせいで……

「俺の●んこを取り戻してこい。
 ダメだったら、オメーのもらうから」。

処女神・アテナ&腹黒フクロウ・ミネルヴァ、
セクハラ同級生、
天然系幼馴染み、
そして同級生を巻き込んで、
まったく参加したくない●んこ奪回一大修羅場が今勃発!

「何を言っているかわからないだろうが、
 僕だって意味わかんねーよっ!」
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……理不尽な神々に振り回されるコメディです。●んこだけど。
……ギリシア神話に詳しくなります。●んこだけど。
……学園パニック物といってもいいかも? ●んこだけど。
……オレTUEEEE!ではないかな? ●んこだし。 

まぁ、ブレーキってナニソレ美味しいの? そんな話です。
そんな、『神☆降臨!』のプロローグを全公開!

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神☆降臨!
ロンギヌスの槍は銃刀法にひっかかりますか?より

 朝起きたら、昨日捨てたはずの聖槍が刺さっていた、僕の部屋のフローリングに……
 長さは二メートルくらいだろう。
 柄は木製だけど、太刀受けにはからまる蛇のような装飾があり、石突きには赤い宝石がつけられている。種類としては、三又になっている変形的な十文字槍だ。中央の穂先は透明な水晶のような材質なのだろうか。湖面に浮かぶ虚像のように、黒髪でパッとしない僕の顔を映していた。
 イエス・キリストを処刑した槍、ロンギヌスの槍である。
 ただの男子高校生でしかない僕、山田白金の部屋に本物の聖槍があるはずないって誰だって思う。僕だってそう思う。でも、これはガチで本物だ。本物である証拠として、うっすら金色のオーラを発している。
「はは……」
 かわいた笑いがこぼれてしまった。昨日のことを思い返すと、気分がはげしく落ち込むんだけど、槍のオーラが僕のメランコリックな気持ちを強制シャットアウトしてくれた。
 あはは、槍の聖なる力で心が洗われるようだ。今日も前向きに生きていける。
 そのままベッドからおりて背伸びをし、カーテンを開けた。
 雲一つない、いい天気だった。そんな僕の背後には、日光を浴びてうっすら輝く聖槍ロンギヌス。落ち込みたいのに落ち込めないのって、ちょっと不思議。このまま強制ポジティブシンキングで現実逃避してもいいかな?
 ま、いいわけないっすよね……
 あらためて床に刺さったロンギヌスの槍へと視線を戻した。やっぱり光ってる。
 おかしいな、昨日の夜、ゴミ捨て場に捨ててきたはずなのに、どうしてここにあるんだろう? しかも、ガチで本物の聖槍だし……たしか、ロンギヌスの槍って手にした者に世界を総べさせるとか、そんな伝説あったよね?
「うわぁ……」
 マヂでいらねぇ。
 僕はカール大帝やナポレオン、アドルフ・ヒトラーとか、そういう覇王思考の方々みたいに聖遺物集めて、世界征服するつもりありません。そして敬虔なキリスト教信者でもありません。普通の男子高校生です。聖槍より平穏と安定がほしい。そして心おだやかに生きていきた……ああ、聖槍の厳かな輝きを見てると、全ての悩みはどうでもいいことのように思えて……いやいや待て! これ、完全に心のお薬じゃん。ナチュラルにマインドコントロールかましてきてるじゃん。なんか、おっかねぇよ、この聖なる輝き!
 こんな得体の知れない槍を、このまま床に突き刺しておくわけにはいかない。引き抜こうと槍をつかんだ瞬間、手と槍の境界が消えたような錯覚を覚えた。手になじむ……
「ていっ!」
 槍を引っこ抜き、そのままベッドに放り投げ、布団をかぶせた。でも、穂先と石突きが布団からはみだしてるし、【オイテカナイデ】って悲痛に叫んでるように輝きが増して……
「プーちゃん! 朝だよ、起きなよ!」
 甲高い声とドタドタと階段をかけあがってくる音が聞こえたかと思えば「きゃぁぁ」と叫び声が響いた。続いてドドドとなにかが階段を落ちていく音が聞こえてくる。
 またかよ、と呆れていたら、部屋のドアがゆっくりと開いた。黒髪ロングの女子高生が、匍匐前進するように這っている。呪いのビデオから出てくるお化けみたいだ。
「ぷ、プーちゃん……お、おはよう」hpm1
 涙目になりながらも必死に笑顔を取り繕うのは、
 僕の幼なじみ沙藤優羽(さとう・ゆう)だ。
「お前、大丈夫か? また階段から落ちただろ?」
 手を差しのべつつ尋ねた。
 優羽は僕の手を取りながらニコリと笑う。涙目だけど。
「ぜ、ぜんぜん落ちてないし……」
 立ち上がりながら目をそらしたけど、
 小さな声で「うぅ痛い」とうめいている。
 大きめの制服を着た幼なじみは、ウェーブのかかった髪の毛を更にボサボサにしていた。階段から落ちたせいだろう。でも、普段はがんばって整えているらしい。
 見慣れた顔だから僕はなんとも思わないが、かなり整った顔立ちをしている。大きな両目はパッチリ二重で愛嬌があるし、鼻筋も自己主張しすぎない程度に高い。
 スカートから伸びる白い足は引き締まっているが、膝の辺りが赤くなっていた。階段から落ちた時に、ぶつけたのだろう。
 ちょっと心配になるくらいいつもニコニコ笑ってるけど、中身も見た目どおりだ。
 優羽はドジだ。基本的に隙しかない。
 しかしながら天性の悪運の良さのため、今まで車に三回はねられたことがあるが全て無傷だったし、数え切れないほど階段から落ちているが、せいぜい打撲や捻挫ですんでいる。
「で、プーちゃん、そのベッドのやつ、なに? オモチャ? 
 無駄遣いはダメだよ」
 ロンギヌスの槍を見て、呆れたようにため息をついていた。
 でも、涙目だ。
「とにかく、朝ごはんできたから早く食べようよ」
 確かに優羽の言うとおり、聖槍があろうとなかろうと僕の日常は変わらないし、変えたくない。
 僕は今日も朝ごはんを食べて学校に行くのだ。
 部屋を出る優羽のあとについていくけど、優羽は盛大に足を引きずっていた。これで階段をおりられるとは思えない。僕は優羽の前に出てしゃがんだ。
「ああ、もう、めんどくせぇ。背負ってやる」
「お、おんぶとか絶対ヤダ! プーちゃん、背中で私のおっぱい触る気でしょ!」
 優羽は自分の胸を隠すように腕を組んでいた。でも、優羽に背中で触れるほどのおっぱいはない。憐れみたくなるほどにフラットチェスト。ザ・垂直線である。
「……そうだね、そういう下心とかあったかもしれないね」
 こう言ってやるのが紳士としての優しさだろう……背中をゲシっと蹴られたけどさ。ぜんぜん痛くないし、むしろ怪我してる優羽のほうが痛いと思うよ。だって、小さい悲鳴が聞こえたもの。ふりかえれば、優羽が壁に手をついて痛みに耐えていた。
「……お姫様だっこ」
 ボソリとそんな声が聞こえた。優羽は壁に手をついたままふりかえらずに続ける。
「おんぶは嫌だけど、お姫様だっこならされてあげてもいい」
 優羽は胸を含めて細身だし、背もそんなに高くないから軽いとは思う。でも、女子一人を抱えるのは、けっこう重労働だ。朝から乳酸たまるようなことしたくない。
「もう、お前、一人でおりてこいよ」
「……そんなこと言っていいの? 私、足が痛くて泣いちゃうよ?」
 ポタリと優羽の足元になにかが落ちた。もう泣いてるじゃん……

 泣かれたらお姫様だっこしないわけにはいかなかった。
 だっこしたらしたで、優羽がハイテンションで騒いだ。そんなにテンパるなら、お姫様だっこしろとか言わなきゃいい。
 朝からうっとうしいなぁと思いつつもダイニングで優羽と一緒に朝飯を食べ、優羽の足首にシップを貼ってやる。幸い、優羽のケガは軽い捻挫と打撲だけですんだ。
 優羽が食器を洗っている間に、僕は学校へ行く準備を整える。
 僕の両親は共働きで、お互い好き勝手に海外を飛び回っている。なので僕が小学校三年生ごろから、僕の面倒を隣家の沙藤家に委任していた。要するにベビーシッターのようなものだ。もちろんタダではない。僕の父親はそれなりの額を沙藤夫妻に支払っているため、実の子とはいわないまでも僕は丁寧に育てられたと思う。今もこうして優羽が朝飯作ったり家の掃除をしてくれたりするけど、それは善意というよりアルバイトみたいなものだ。
 とはいえ、幼いころから一緒なので、互いに兄妹のような情があるのも事実。小中高と一緒だし、友好的な関係は構築できてると思う。
 朝食のあとかたづけも終わり、支度を終えた僕と優羽は、いつもより早く家を出た。
 足を引きずるように歩く優羽に合わせて、僕はゆっくりとした歩調で歩く。住宅街を抜ければ、じょじょに同じ制服姿の連中が目に入ってきた。
 僕らの住む新條市は、ベッドタウンで都心へも電車を使えば、すぐに出ることができる。娯楽施設も充実してるし、そこそこ都会でそこそこ住みやすい街だ。まあ、あくまでそこそこなので、駅から離れると、田んぼや畑が広がってくる。
 そこそこ都会にある、そこそこの進学校に通っている高校生。それが僕だ。
 僕の両親のように世界をまたにかける夢があるわけでもない。一生頭脳労働職を貫き、安定した人生を送りたい。具体的には高級官僚になるのが僕の夢だ。
 登校の道中、優羽がいろんなことを喋り、それに僕が相槌を打ったり質問して聞き役に徹する。そうやって、いつものようにテキトーな会話をしているうちに学校に到着した。
 家から徒歩二十分くらいの距離に、僕らが通う七聖学院高等学校がある。ミッション系の学校で、そこそこ偏差値の高い進学校。校内には教会なんかもあって、校内カウンセラー的な立ち位置でシスターとかがいる。
 校門前には風紀委員の面々が立っていた。抜き打ちの服装チェックだろう。スカートが短かったり、髪の毛の色が派手だと、ご指導をいただくことになるわけだ。
 大抵、こういう行為はみんなに嫌われるんだけど……
「おはようございます」
 お嬢様然とした美少女がニコニコ微笑みながら注意していくので、誰も不快にも不満にも思わなかった。彼女の名前はオピス・O・アルカイオス。二年生の風紀委員長だ。
 朝日に映える白磁のように白い肌。その肌とは対照的にしっとりと黒い髪の毛は、背中まで伸びており、前髪は切りそろえられている。世にいう姫カットという髪型だ。背は女子のなかでは高いほうだろう。そのシルエットは完全無欠にモデル体型で、腰は細く胸やお尻は大きい。そして、なにより印象的なのは、その紫の瞳だ。大抵の人間は、この視線に射すくめられただけで骨抜きにされる。
 そんな超絶美少女に微笑みながら服装を注意されれば、自発的に「気をつけます」と反省してしまう。極端に美しかったり優れてる人って、存在が暴力的だと僕は思う。
「山田君に沙藤さん、おはようございます」
「アルカイオスさん、おはよ~」
「……ちっす」
 僕は紫の目を見ないようにして、逃げるようにその場を通りすぎた。
 オピスさんは外面だけならパーフェクトな人だ。だから学園のマドンナ的存在で、男女問わず人気がある。
「プーちゃん、アルカイオスさんに少し冷たい。さっきの挨拶、感じ悪いと思う」
「……苦手なんだよ」
 そう言いながら校門を越えて、校舎へと入っていった。
 僕たちのクラスは二年A組だ。
 優羽は教室の扉を越えた瞬間「おはよ~」と言いながら、クラスメートに挨拶していた。僕は無言のまま自分の席へとむかう。僕の席は窓側の一番後ろなんだけど、違和感があった。隣に机があるのだ。昨日までなかったはずなのに……
「あれ? プーちゃん、この机どうしたの?」
 優羽は僕の二つ前の席だ。鞄を置きながら、怪訝そうな顔で僕の隣の席を眺めている。
 転校生が来るには、五月ってすごく中途半端な気がする。首をひねって考え込んでたら、誰かが近づいてきた。
「なあ、シロガネ、相談があるんだけど」
 その声に視線をむければ、黒髪オールバックの男子生徒が立っていた。
 制服を着崩し、ズボンの裾を折り上げたりしているけど、こいつがするとオシャレ感は皆無で野暮ったい。名前は真田吏一(さなだ・りーち)、通称リーチ。
「おはよう、リーチ……」
「おはようリーチ君」
 優羽のニコニコ笑顔に「おう、沙藤おっす」と返しているが、リーチの眉間には深いシワが刻まれたままだし、目にもクマがあった。
「随分と眠そうな顔だけど、また深夜アニメでも見てたのか?」
 確か『まじかるプリンセスMOMO』というアニメにはまってるって言ってたっけ?
「MOMOちゃんの放映日は水曜だから違う。そんなことより重要な相談があんだよ」
 そう言って、リーチは更に眉間のシワを深くし、真剣な目で僕を見つめてくる。
「あのさ……どうしたら合法的に女子のスカートのなかに頭をつっこめると思う?」
 こいつのあだ名はリーチ、将来、なにかしらの罪を犯しそうという意味でリーチ。
 あと一歩で人として逸脱しそうという意味を込めてリーチ。
 成績的にも留年リーチ……僕の友人リーチはそういう男だ。
「……俺さ、昨日の夜、寝ないで考えたんだけど、答えが出せなくてさ」
 目がマジだった。冗談じゃなくてガチで言ってやがる。僕が昨日、大変な目にあってた時に、こいつは、こんな下らないことを考えてたのか……リーチの人生って楽しそうだな。
 僕と優羽が絶句していたら、前の机に鞄が置かれた。
「――ラッキースケベ狙い」
 ボソリと抑揚のない声をあげたのは優羽の親友、上杉愛望(うえすぎ・まなみ)。通称センセイだ。
 センセイは校則にギリギリひっかからない程度に髪の毛を染めているので、微妙に茶色い髪の毛をしている。そんでもってメガネっ子だ。メガネって、それだけで野暮ったいイメージがあるんだけど、センセイはオシャレメガネ。全体的に洒脱で、リーチとは違う。
「愛望ちゃん、おはよ~」
「センセイ、おはようございます」
「――優羽たん、おはよ~。山田死ね」
 センセイは、優羽に甘い反面、なぜか僕に対する当たりがきつい。
 そんななか、考えるダメ人間リーチはセンセイに対してため息をつく。
「あのな、センセイ、ラッキースケベは俺も考えた。でもさ、俺、偶然に頼りたくねぇんだよ。ほしいものは勝ち取りてぇんだよ。なんつーか、もっとアグレッシヴに狙っていきたいんだよ。ほら、俺、生粋のストライカーじゃん?」
「――得点力不足という日本サッカー界の救世主発見」
 とりあえず二人そろってサッカー部のみんなに謝ってほしい。
「――では助言を一つ」
 そう言って、センセイは人差し指を立てた。
 センセイはこうしてまったくありがたくないアドバイスを僕らにくれる。そして、そのアドバイスは、まったく役に立たないことでも定評がある。
「――今日から雷嫌いを吹聴すべし。今は五月。そろそろ梅雨も近い」
「雷嫌ったらスカートのなかに頭つっこめるのかよ! そんなわけねぇだろ!」
 空気を読まないことに長けるリーチは、こういう問題発言を簡単にシャウトしやがる。
「――吏一、想像しろ。雷嫌いの少女が怯える。お前に抱きつく」
「持ち帰る」
「さらりと言うな、つかまるぞ」
 とりあえずツッコミを入れるのが僕の仕事だ。
「――雷嫌いの少女は抱きついてきても許される。ならば、吏一もまた然り。普段から雷嫌いを吹聴し、実際に雷が鳴ったところでスカートに頭をつっこみ、こう言うのだ『ぽっくん、雷、怖いんですぅ』」
「なにそれ、超完璧に合法じゃん! まさか、こんな近くに天才がいたなんてな。国はセンセイを手厚く保護すべきだぜ!」
 こいつら、バカだと思う。そんなバカ二人に僕はジト目を投げつけた。
「……そうだね、お前らそろって保護監察とかされたほうがいいと思うよ」
「――安心しろ、その時はお前らも一緒だ」
「さりげなく優羽にまで前科をつけるな。ダブル犯罪者予備軍」
「えっ!? 今の流れで私まで仲間にカウントされるの?」
 こいつらと会話をしているとツッコミで忙しい。
「なあ、ところで知ってっか? 俺に新たな恋の予感警報発令中なんだぜ」
「知らんし」
「――興味もない」
「セクハラはダメだよ、リーチ君」
 リーチの恋はいつでも失恋で終わる。だって、こいつ、アグレッシヴだけどバカだもん。
「おいおい、そんなこと言っていいのかよ? これはお前らにも関係あることなんだぜ」
「関係あるってなにがだよ?」
 鞄のなかの教科書などを机に移しつつ僕はリーチの話に乗っかる。
「転校生が来るんだよ、転校生が!」
 僕は、隣の空席に視線を投げた。
「……ふ~ん、ま、事実っぽいけど、それ、誰から聞いたんだ?」
「オッピーちゃんが教えてくれた」
 オッピーちゃんというのは、風紀委員長のオピスさんのことだ。ちなみにクラスは隣のB組で、リーチは『オピスふぁん倶楽部』の名誉顧問らしい。
「あ、そうだ、シロガネ。オッピーちゃんが、放課後、風紀委員室に来いってさ」
 正直、迷惑な話だった。
 聞こえないふりをしたところで予鈴のチャイムが鳴り、リーチも自分の席へと戻っていく。しばらくすると、担任の江田島先生がやってくる。黒髪ショートカットの英語教師。美人だけど、教師を仕事と割り切っているタイプだ。その江田島(えだじま)先生が教壇に立ち、出席簿を出したところで一つ咳払いをした。
「出席を取る前に連絡があります。うちのクラスに転校生が来ました」
 その発言にクラスがザワついた。一際リーチの声が大きかった。うざかった。
「では、入ってきてください」
 扉が開いた瞬間、男子のほとんどが「お~」と声をだした。僕は声まで出さなかったけど、自然と目を見開いていた。
 キラキラ光っていたのだ。
 金髪である。でも、染色や脱色の人工的なものではなく天然のブロンドだ。歩調に合わせてゆれる髪の毛は、火の粉が舞うように輝いている。そして、胸を張って歩く姿が、これまた様になっていた。こういう歩き方ができるのは自信に満ち溢れているからだろう。
 ていうかさ、肩にフクロウがとまってるんだけど、なにあれ? 人形? あ、動いた。あれ、生きてるな。生きてるフクロウが肩にとまってるんだけど、先生はそこにツッコミを入れないのだろうか?
 などと疑問を感じていたら、その金髪美少女は江田島先生の隣に立った。
 パッチリ二重の大きな目。瞳の色は見慣れぬ灰色だった。背は低いけど、袖のあまった制服を着ていた。胸が大きいからだ。体格にあった制服がないからワンサイズ上のものを着ているのだろう。ああ、これが世にいう……
「金髪ロリ巨乳ゲットだぜぇぇぇぇぇぇぇ!」
 どっかのバカが叫んでいた。僕がボソリと「お前はマサラタウンに引きこもってろ」と言ったら、前に座るセンセイの肩がピクリと動き「――サトシ君も性を知る年齢か」って感慨深げにつぶやいた。誰だっていつかは大人になる。サトシ君だって大人になるのだ。
 当然のことながら空気を読まないリーチのシャウトは、教室内を凍らせるという大惨事を巻き起こしている。さすがのリーチも察したらしく、咳払いして机に突っ伏していた。やっぱりバカだ、あいつ……
 そんな絶対零度の空気のなか、超弩級の美少女が言葉を失ってる僕らを流し見た。
「……パラス・アテナだ」hpm2
 ボソリとつぶやかれた名前に、思わず「え?」と声がもれてしまう。
「アテナさんはギリシャからの留学生ですので、みんな、いろいろと気にかけてあげてね」
 そう言って江田島先生が僕へと視線を投げてくる。
「特に隣の席の山田君はお願いね☆」
 面食らった僕を、転校生がにらんできた。
 銃口のように相手の気勢を殺ぐ眼光だ。ゾクリと背筋が毛羽立ち、カタカタと体が震えだす。視線をそらし、呼吸を整えても体の震えがとまらなかった。荒ぶる雷光、竜巻、大時化、噴火、抗えない自然の暴威を前にした時に感じる必殺の未来予知。見た目は美少女なのに存在そのものが、なぜか暴力的。
 そんな怪物がゆっくりと確実に僕へと近づいてくる。
 本当に僕が面倒を見るの?
 え? しかも、パラス・アテナって言ったよね? 
 パラス・アテナって……
 混乱している僕の横にアテナが座った。
「貴様が山田白金(やまだ・ぷらちな)か……」
 キラキラネームな本名を呼ばれてカチンときたけど、僕の理性ちゃんをフル動員してへつらうように笑う。度胆を抜かれるくらいに美少女だった。顔ちっちぇし、体もちっちぇ。身長は150センチくらいかな? いや、まあ、胸は大きいみたいだけど……
「……話は父上から聞いている」
「お、お父様から話を?」
「我が貴様を鍛えることになった、死ね」
 流れるようによどみなく「死ね」とか言われたけど、文脈的に唐突すぎる殺害予告だ。
 いや、きっと聞き間違いだよ、気のせいだよ。
 不意に肩にとまっていたフクロウがなにやら耳打ちするようにアテナの耳元で嘴を動かしていた。アテナは「うむ」と小さくうなずき、僕をにらんでくる。
「そのふぬけた面を見てると反吐が出る。今すぐ呼吸をとめろ、クソマラ野郎」
 気のせいじゃなかった。ものすげぇ毒舌だった。思いきりにらまれたけど、僕が目をむけるとプイッとそっぽをむき、そのまま黙り込んでしまう。スッと背筋を伸ばして前を見る姿は、それだけで神々しかった。まるで、僕の部屋にある聖槍みたいに……
 その上、ギリシャで、父上で、アテナでしょ?
 ああ、やっぱり認めたくないけど、この子、人間じゃねぇ。

 江田島先生にアテナの面倒を見ろとか言われたけど、全力でごめんこうむった。これだけの美少女だから、そりゃ誰だって気になるとは思う。でも、雰囲気がアレすぎて、誰も近寄りたがらない。僕だって近寄りたくない。でも、そんななか、我らが特攻のリーチは物怖じしない。バカって雑に生きていけるからうらやましいよね。
「アテナさん、結婚を前提に俺の童貞をもらってください!」
 予想外に雑すぎた。怖れ知らずの大暴投だ。お前、そんな告白しかしないから、女子に毛嫌いされるんじゃないか……あと、それでOKな子、もれなくビッチだぞ。
 けれども、アテナはリーチがなにを言っているのか理解できないかのようにキョトンとしていた。ふと肩のフクロウがボソボソと耳打ちするように嘴を動かし、アテナのぽけ~とした表情が一転して剣呑なものになる。
「よくわからんが、貴様が我を愚弄していることはよくわかった。ミネルヴァの言うとおりだ。やはり、我の見た目では侮られるらしい。犬蝿には教育が必要である」
 不意に胃がしめつけられるように痛くなる。
 意味がわからず、テンパっていたら、今まで笑っていたリーチの表情も真っ青だった。それどころか、リーチの膝が生まれたての仔馬のようにガクガクと震えだす。直感的に原因はアテナだとわかった。だって、アテナの周囲にいる人がみんな怯えてるんだもん。
「ひざまずけ」
 小さな体から発せられたとは思えない圧倒的な威圧感に、リーチはビクッとビビりながらその場に膝をついた。ブルブルと震えながらアテナを見あげる。アテナは冷然とゴミでも見るような目でリーチを見おろし、肩のフクロウがボソボソとアテナに耳打ちする。
「貴様ハ蛆虫以下のクソだ。この世でモットモ価値のない存在ダ。ソノ下劣な魂、性根から鍛え直してくれる。これカラ? 我に話しかけられた時以外口を開くな! 口からクソ垂れる前と後にサーをつけろ、ふぁっきんぱんぷきんへっど二等兵!」
 言ってることはひどいけど、ところどころ微妙に片言……
「サー、イエッサー!」
 リーチが軍人みたいに敬礼した。そしたら、なぜか僕までアテナに指さされた。
「連帯責任だ」
 殺気のこもった眼光には、さからえませんでした。
 気づけば、僕とリーチは教室の後ろで腕立て伏せをやらされていた。授業がはじまってもだ。だって、先生がとめようとしても「そのクソマラ野郎どもは我の管轄だ」と、アテナが無表情で言う。誰もがアテナを前にするとガクガクブルブル震えだし、逆らうことなんてできなかった。しかも、僕とリーチだけではなく、クラスの男子がどんどんと筋トレ地獄へとブチ込まれていく。理由は特にない。目が合ったところで「貴様も戦士にしてやる」とか言うのだ。全力でありがた迷惑だった。最終的にクラスの男子全員がアテナによって二等兵に仕立て上げられた。なんか、授業中なのに校内を走らされたりしたよ。
 さすがに異常な状況だったので、そこでクラスの良心こと沙藤優羽がアテナを諌めようと動いてくれた。
「あのね、アテナさん、腕立て伏せとか、もうやめさせてあげたほうがいいんじゃないかな? さすがに、みんな、かわいそうだよ」
「うむ、そなたの心遣い、確かに承った。連中への訓練は昼で切り上げるとしよう」
 優羽が文句言わなきゃ一日中、しごき地獄だったってことだ。
 そんなこんなで、どうにか昼休みには教室に戻ることができた。
 僕は、こんなエキセントリックな子にかかわりたくない。でも、クラスの連中は違った。
 男子は全員二等兵としてアテナに忠誠を誓ってるし、女子は女子でアテナのフクロウとかアテナ自身を「かわいい」とか言って騒いでいた。で、アテナは僕たち男子に見せない微笑みを女子に対しては浮かべるもんだから、女子でも見蕩れちゃう。女子の一部で『アテナ様親衛隊』が作られてたよ。
 たった一日で、ここまで人心を掌握するなんてムチャクチャだ。しかもデタラメな方法でだ。どう考えたって異常だった。
 昨日のこともあって全力でかかわりたくなかったんだけど、終業のチャイムが鳴ったところで、アテナが僕の腕をガシリとつかんだ。万力のような力だった。
「……サー、なんでしょうか? サー」
「喋るな。黙ってついてこい」
 有無をいわさぬ雰囲気に逆らえず、引っ張られていく。逃げたくても、この握力からは逃げられる気がしない。僕が腕を振ろうとしても微動だにしないのに、アテナは簡単に僕の体を振り回す。小さい女の子が怪力無双とか、現実だとかなりホラーだ。おっかねぇ。だって、人知越えてっから。そんな具合に振り回され、僕は屋上へと連れてこられた。
 屋上にはひと気がなかった。
「ボサっとするな。気をつけ!」
 ビシッと体を硬直させる。午前中のしごきの時に、一連の動きは叩き込まれている。体を硬直させた僕を、アテナが下からにらみあげてくる。ものすごい美少女だけど、灰色の目が鬼のように怖い。一瞥されただけで泣きそうになる。
「貴様はなんだ、山田二等兵」
「サー! 蛆虫以下のクソであります! サー!」
「聞こえん! 大声出せ!」
「サー! 蛆虫以下のクソでありますっ! サー!!」
「うるさい!」
 ビンタされた。思わず「戦争コントかよ」と言ったところで、フクロウがアテナに耳打ちする。次の瞬間、僕はお腹を殴られた。膝から崩れ落ちた僕の首根っこをアテナがつかみ、そのまま持ち上げる。目の前にはアテナの怒った顔があった。
「ブルシット! 口答えをするとは、貴様、いい度胸だな! 貴様の優しいママなら、その上等なクソを口カラ垂レタトコロデ許してくれるだろう? えっと、ん? だが! 我は貴様のママではないっ! 上官だ! いいか、腐れまざぁふぁっかぁ、覚エテオケ。上官が『さかったセイウチのケツにど頭、つっこんでおっ死ね』と命じたら、貴様は『サー、イエッサー』と口からクソ垂レテ嬉々トシテ命令に殉ジロ。それが軍隊というものだ!」
 ここ学校だし、軍隊じゃねぇし……PTA! はやく僕を助けてPTA!
「我ガ助力した者は、全て勇者として……歴史? に名を残している! 貴様のようなクソマラ野郎も同様、英雄になってもらわねば困る。できなければ死ね?」
 いや、疑問形できょとんと小首をかしげられても僕が困る。
「ブルシット! 返事!」
「サー、イエッサー!」
 アテナはフンと鼻を鳴らして僕を放り投げた。
「……こんなヘタレなメス豚様ガ英雄ノ器とは、世も末? だなっ!」
 罵倒されてるんだけど、アテナ自身、探り探りな感じで喋ってるので、どうにもエッジが効いていない。
「まあよい。よくわからんが、我が貴様を鍛えてユウチャ……勇者にしてやる!」
 今、絶対、噛んだ。
「光栄に思え、犬蝿野郎! よし、では、腕立て姿勢……」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ!」
 勢いよく屋上の扉が開いた。
 そこに立ってたのは、リーチを筆頭にしたクラスの二等兵たちだ。
「サー! 山田二等兵だけずるいであります! 自分たちも同様にしごいてください! 違う意味でもしごいてほしいのであります、サー!」
 あいつ、よくアテナ相手に下ネタぶっこめるよな。バカだけど、すげぇと思う。ただ、おそらくアテナは下ネタという概念を理解していないようで、きょとんとしていた。
 でも、すぐにポンと手を叩く。
「よくわからんが、やる気があるのはいいことだ。では走ってこい」
「サー、イエッサー! いつまででありますか? サー」
「知らん、走ってこい」
 天真爛漫に丸投げしていた。おそらくだけど、この子、なにも考えてないんじゃないだろうか? でも、リーチは頬を赤らめながらビシッと敬礼する。
「サー、イエッサー!」
 リーチの敬礼に合わせて後ろのバカどもも敬礼していた。流れ的に、僕もついていかないといけない感じだったので、その後ろについていく。そしたら先頭のリーチが「ファミコンウォーズが出~るぞ」とか歌いだした。それに合わせて走る僕ら。完全に異常者の集団だ。その先頭を走っていたリーチが、ふと僕へと近づいてきた。
「なあ、シロガネ、お前、もう逃げちゃえよ」
「え? いいの?」
 他のみんなにも尋ねる。いい笑顔で「行けよ」とか「気にすんな」とか言ってくれた。こいつら、いい奴だな……
「……でも、どうして?」
「よくわかんねぇけど、アテナ教官殿、お前のことばかり気にかけてんじゃん。ここで、お前が逃げだしたら、お前の評価が落ちる。俺らの評価は相対的にあがる」
 リーチを筆頭に、みんな、いい笑顔でサムズアップしてた。
 アテナ狙いの皆さんは、どんな手を使ってでもライバルを蹴落としたいらしいです。
 なるほど、そうですか……うん、みんなして微妙にクズい☆
「それに、ほら、お前、オッピーちゃんに呼び出しくらってただろ? アテナ教官殿には俺からうまいこと言っとくから安心しろ」
 オピスさんからの呼び出しは、完全になかったことにしてたけど、アテナのしごきにつきあわされるよりはマシ……なのかな? う~ん、どっちも嫌だ。
「……まあ、とにかく、ありがとう、リーチ。じゃ、僕、行くよ」
 バカで変態で異常者の集団は「闘魂、闘魂、闘魂」言いながら廊下を走っていった。そんな彼らを尻目に、僕は教室へと戻って鞄をつかむ。そして、風紀委員室へとむかった。
 風紀委員室は教室のある棟とは別の棟にあり、ひと気がない。その閑散とした雰囲気が、僕の不安を色濃くさせる。
 どうか、風紀委員室でオピスさんと二人きりになりませんように! と願いながらドアをノックした。「どうぞ」と静やかな声が返ってきた。僕は「失礼します」と扉を開く。
 風紀委員室にはホワイトボードと事務用の机が四つほど置かれており、パソコン完備。壁際にはスチール製の棚と、会議で使うのであろう長机が折り畳まれて置かれていた。だが、カーテンの閉め切られた室内は薄暗い。黒髪の少女が、そっとカーテンに手を触れ、クリーム色にカーテンが静かに波打った。オピス・O・アルカイオスは僕へと振り返り、くすりと笑う。そして、さり気なく舌なめずりをした。
「やあ、山田プラチナ君、待ちわびたよ」
 下の名前を呼ばれて、かちんときた。男だったら突発的に殴ってるところだ。
「あの、下の名前で呼ぶの、やめてもらえますか?」
「ところで、君はいつになったら私をレイプしてくれるんだい?」HPm3
 一瞬、耳を疑った。ナチュラルな流れで、わけわかんない言葉を放っ てきたよ。
「あいかわらず頭おかしいですね。
 風紀委員がムチャクチャなこと言わいでください」
 やれやれと言いたげにオピスさんがため息をつく。
「君はわかってないね。私は風紀委員長で学校の風紀を取り締まり、
 みんなの前では一端の淑女として振る舞っている。
 その外面に校内の連中は騙され、お熱をあげている。
 そんな私がだ、実は淫乱でド変態だというのがいいんじゃないのかい?」
 オピス・O・アルカイオスは、風紀委員長で学園のカリスママドンナ。 人前ではお嬢様然とした言動で、男女問わず人気がある。
 そんな人に僕は日常的にセクハラされている。
 現に今もいきなり自分のスカートをめくりあげようとしやがったので、大急ぎでその手をつかんで制止した。
「……あの、オピスさん、いい加減、セクハラで訴えますよ?」
「私はかまわないけど、この私が君にセクハラをするなんて、
 校内の誰が信じると思う? そんなことを吹聴したところで
 君の評判が悪くなるだけだ」
 オピスさんの言うとおりだ。
 だから、こうして二人きりで会いたくなかったのだ。
 誰かの目があれば、さり気ないボディータッチ程度の被害ですむからね。
 僕はスカートをめくらせまいと必死になり、目の前でオピスさんが唇をすぼませてキスしようと口を近づけてくるから、のけぞるしかない。しばらく無言の攻防が続いたところで、オピスさんの手から力が抜けた。
「据え膳を食わないなんて……君は三次元より二次元が好きなタイプかい? そういえば、『まじかるプリンセスMOMO』というアニメが最近流行ってるんだろ? ヒロインが毎回触手で大変なことになるらしいじゃないか」
「いくら深夜アニメでも、そういう話じゃないと思いますよ」
 少なくともリーチは、愛と正義の新感覚系魔法少女アニメだって言ってた。
「ほんとに、これだから童貞は面倒くさいね。私の魂はド淫乱だが、肉体は処女なんだぞ。そんな乙女がこんなにもがんばってるのに……」
 泣きボクロのある目で悲しげにうつむかれると、その罪悪感の喚起力たるやすさまじい。
 これだから美少女はおっかない。内面が怪物でも、外面は子猫ちゃんだから抱きしめたくなってしまう。でも僕の働きものの理性ちゃんが「流されたら、らめなのぉ」って言ってるから、断固として流されない。
「セクハラするために呼んだってんなら、帰りますから!」
「つれないなぁ。まあ、プラチナ君を呼んだのは、君を欲情させるのが目的だったけど、他にもいくつか用件があってね。ほら、春の球技大会が近いだろ?」
 そういえば、そうだ。
「毎年、熱心なのはいいけど、体育館やグラウンドの使用権でイザコザが多くてね。生徒会にも、いろいろと取り締まってくれと頼まれてるんだ」
「まあ、わかりますけど、それ、僕に関係なくないですか?」
「君の友人、真田吏一君は去年も暴走してただろ? 彼の手綱を握れるのは君くらいだし、ムチャをしないようにしてほしいんだ」
 確かにリーチはお祭り騒ぎが大好きだし、その手のアジテーションが得意だ。去年も球技大会の時は、三年の先輩とぶつかり、因縁の対決みたいな構図を作り上げ、クラスの団結力を強めていた。そういうこと、あいつ、狙わずやるからな。
「まあ、やれる範囲でならやりますけど……」
 警戒しながらうなずく僕に、オピスさんは「助かるよ」と微笑んだ。
「プラチナ君、もう変なことはしないから放してくれないかな」
 僕がオピスさんの手を放し、オピスさんは事務机の引き出しを開けた。
「それと、君に手作りのプレゼントがあるんだ」
 オピスさんがなにかを差し出してくる。DVDらしきものを受け取りながら僕は「なんですか?」とパッケージを見た……瞬間、放り投げた。
「なんてことをするんだ、プラチナ君!」
「それはこっちの台詞ですよ! あんた、なんつーもんを!」
 抗議する僕を尻目にオピスさんが、投げ飛ばされたソレを拾う。
「風紀委員会のみんなで作ったんだぞ! シナリオと原画は私の担当だ!」
「風紀を取り締まる集団がエロゲー作るな!」
 そう、パッケージではオピスさんをモデルとした女の子が触手で大変なことになっていた。パッケージだけなら普通の商品と遜色ねぇし、やっぱり、この人、頭おかしい。
「ちなみに主人公はある日、悪徳に目覚め、体から触手を伸ばせるようになるという設定で、君がモデルだ」
「肖像権の侵害だっ!」
「しかたがないだろ! 君の触手で調教されるのが、私の願望なんだから!」
「聞こえないし、聞きたくないし、そもそも僕に触手はないっ!」
「どうかこのゲームをプレイしてプレイを勉強してくれ、プラチナ君。そして、このゲームのようなことを私にしてほしい。君の触手で」
 オピスさんは「はあ、はあ」と息を荒げて、ねっとりとした視線で僕を見あげていた。
「私のことを知ってくれぇ、理解してくれぇ。そして、同じ暗黒へと堕ちてきてくれぇっ!」
「断固として断わるっ!」
「私は両親ともに日本人じゃないから君の言ってる意味がわからない。とりあえず脱ぐよ」
 いきなり服を脱ぎ始めたオピスさんに僕は貞操の危機を感じ、脱兎のごとく風紀委員室から逃げだした。
「プラチナ君、待ってくれ! 腹を割って裸のつきあいで話し合おうじゃないか! セクハラしたことは謝る…って、別に嫌がらせしてる気はないぞ! これが私の愛情表現だ!」
 学園のマドンナが発したとは思えない言葉を背中に受けつつ、僕は全力ダッシュでその場を後にした。
 しばらく走って、渡り廊下にまでやってくる。棟と棟を結ぶ渡り廊下は閑散としていた。いろんな意味で火照った体をクールダウンさせるため、深呼吸をする。
 そりゃ、まあ、僕だって男の子だ。綺麗な女の子に迫られて嫌な気はしないさ。
 そもそも僕は思春期のチェリーボーイだし、性的なことに興味は尽きない。ぶっちゃけ、オピスさんに性的魅力を感じるし、僕が普通の男子だったら、絶対に流されてエロ漫画みたいな生活になってると思う。でもね、僕の理性ちゃんは働き者なんです。その理性ちゃんがオピスさんはダメだって言うなら、ダメなんだよ。拒絶するしかないんだよ!
 僕の生涯設計における高校生活では男女交際は禁止だ。高級官僚になるためには、学閥まで考えて東大の法学部に進学する必要がある。これは、天才でもなんでもない僕には、かなり高い目標であり、勉強以外のことに無駄なリソースを割いている余裕はない。
 だから、ここでハニートラップにひっかかるわけにはいきません。
 あと、リーチが姫カットの女の子はメンヘラ率が高いって言ってたしね。まあ「童貞のお前が女を語るなよ」と思った僕も童貞だったから、その時はなにもつっこめなかったよ。
 とにかく、誰にも僕の夢である安定した未来の邪魔はさせない。当然、美少女にだって邪魔はさせないし、それが、たとえ神様であっても同じだ……
 そんなことを考えていたら、いきなり窓が消えた――

 驚いて辺りを見回せば、たくさんの柱が立ち並ぶ白い神殿のなかにいた。
 そして、一段高くなっている場所には玉座がある。
 そこにヤンキーみたいな人が頬杖をつきながら座っていた。
 髪の毛はアテナみたいな金髪だけど、ホストがやるようなスジ盛りって髪型だ。顔つきは端正なもので瞳は空のように青く、かなりのイケメン。
 毛のあるフードつきのジャケットの下にシャツを重ね着し、ジャラジャラしたチョーカーを首からかけている。まるでロックシンガーのようにタイトなシルエットの黒いパンツ。更にトーキックで人を刺し殺す気ですか? と問いたくなるような尖がりブーツの色は雲のように白い。耳にはピアスがたくさんあって穴だらけだし、手にはゴツゴツした喧嘩指輪をいっぱいはめている。どこの部族の方ですか? と問いたくなる装飾だった。
 男は不機嫌そうに眉根を寄せつつも、僕を見る目は不遜全開で、他人を完全に小馬鹿にしているような感じだった。でも、逆らえない。腹を立てたってしかたがない。
「よお、またちぃとばかし頼みがあんだけどよ?」
 もうね、喋り方が完全にチンピラですよ。
「おい、てめぇ、聞いてんのか?」
 ああ、やっぱりまた呼ばれるんだ。昨日だけで終わりじゃないんだ。
「……はい、なんでしょうか、ゼウス様」
 僕の日常がぶっ壊れたのは、昨日、このギリシア神話の主神とであってからだ。


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