特別短編タイトル9










《1》

  魔法少女の肉体は頑健にできているが、魔法使いは体力も自己治癒力も人間と大して変わらない。ただし自前の魔法によって怪我を治療することができる。そのため普通の怪我を負っても入院するようなことはない。
 では魔法使いにとって病院は不要なのか?
 そんなことはない。魔法使いが病院を利用することはある。軽い風邪のために鶏を買ってきてから首をかっさばいて長々と詠唱し、なんて面倒な儀式魔法を執り行うくらいなら医者に風邪薬を処方してもらった方が手間も金も節約できる。
 それに病院を必要とする理由は病気や怪我だけではない。魔法のかかった毒や薬によって中毒を起こしたりすれば、薬効を抜くために専門の病院に入院する。ただの毒や薬と違い、魔法に纏わる物であれば慎重にし過ぎるということはない。専門家の元で時間をかけて正しい処置を施さなければ後遺症が残ってしまう。
 マナが事件解決後に即入院した理由はそれだった。限度を超えたマジカルドーピングによって、フィジカルで最高峰ともいえる魔法少女と渡り合えるほどに肉体を強化した反動は生易しいものではない。薬が切れて、即その場で泡を吹き倒れた。
 精神的にも肉体的にもまいっていた7753は今生の別れと思いこみ滂沱と涙してマナに取り縋り、救急車で運ばれていった後も泣き続け、事件のこと、一緒に戦った皆のことを思い出しながら泣き暮らし、マナが助かったことを上司から教えられてまた泣いた。
 7753とは対照的に、新たな同居人となったテプセケメイは感情の動きを面に出すことなく淡々と生活していた。「自分の家だと思ってください」というテンプレートに沿った言葉を心底から真に受けてくれたのか、大して広くもない築三十余年の一戸建の中で家主よりも自由に振る舞っていた。かつて7753の父が使っていた書斎を拠点とし、家の中を探検したり庭をいじったりと忙しい。
 それと並行して学習も進め、毎日テーブルに向かい、幼児用の絵本を読みながら「あ、い、う、え、お」と文字を音読している。ひらがなをマスターし、ふりがなさえ振ってあれば時間をかけて児童書を読むことができるようになった。
 プキンを倒した時に泣いて以来、一度も涙を見せたことはないが、テプセケメイだって悲しんでいる。ゴーグルでテプセケメイの様子を観察している7753は知っている。彼女はそれを見せようとしないだけだ。
 あの事件では、町が荒らされ、一般人にも多数の死傷者が出た。守ろうとしたものが次から次に掌から零れ落ちていった。
 大量破壊兵器使用の計画があったという噂については、外交部門がきっぱり否定したという。ショックで足が震えた。なんのために皆を戦いの場へと連れ出し、むざむざ死なせてしまったのか。「こうなってしまった以上、外交部門がそんな噂を肯定するわけがない」と上司は話した。
 それはその通りだろう。外交部門が今更真実を話すわけがない。だがもし噂が事実だったとしても、繰々姫とファニートリックとウェディンを殺してしまったことは同じだ。甘い見通しでプキンを侮り、フレデリカが交渉可能な相手だと思いこんだことは言い訳のしようがない。
 上司が「君はでき得る限りの仕事をしてくれた」と慰めてくれようと死者が生き返ることはない。命令違反を咎められることもなく、それに対する罰もくだされない。いっそ罰して欲しかった。それが甘えだと知っている。その上で罰して欲しい。
 彼女達の才能を見通すためゴーグルを向けた時、表示されたパラメーターだけでなく、持っている全てが伝わってきた。今まで思ってきたこと、してきたこと、文字通り人生そのもの、美しさも醜さも気高さも汚さも含めた全てだ。繰々姫もファニートリックもウェディンも恐怖を押し殺して大切な物を守るために立ち上がった。怖くて、恐ろしくて、逃げてしまいたくて、それでも戦おうと決意した。嘘を吐き続けていた7753を信用してくれた。正しい魔法少女だった。彼女達には未来があった。
 絶対に、なにがあろうと、生還させてあげなければならなかった。なのに生き残ってしまったのは7753の方だった。
 後悔が絶え間なく染み出してくる。「彼女の面倒をみてやるように。ランプさえあれば文句はないそうだが、暴走しないかどうかもきちんとチェックしておくように」という上司からのメッセージとともに送りこまれたテプセケメイがいなければ、一人きりで押し潰されてしまっていたかもしれない。
 変身前が動物の魔法少女は珍しい。7753の職歴の中で出会った魔法少女は凡そ五百名。その中で人間以外から変身した魔法少女は三名しかいなかった。彼女達は人間に比べて直情径行型である場合が多く、思ったことを即断即決で実行し、怒りや喜びといった感情表現がストレートで、敵味方をはっきりさせる。
 テプセケメイはそういった動物系魔法少女のテンプレートから外れていた。感情を露わにすることが殆ど無く、人間の魔法少女と比べても落ち着いていた。亀という生き物のイメージ通り、といえなくもない。
 事件の数日後、テプセケメイが模造ランプ一つだけを手荷物に7753宅を訪れ、住み着いた。7753が泣いていようと全く我関せずで、時折庭に出て空を眺めたり土を掘ったりまた埋めたりしている。
「変身したまま外に出ないでもらいたいんですが」
「メイは変身したままがいい」
「隣近所の目というものがあるんです」
 一応は理解してくれたのか、それ以来、たとえ庭であっても外に出る時は風と同化して体色をギリギリまで薄めるようにはしてくれた。
 7753がへこたれている間も、盛土をしたり植木の場所を変えたりと自由気ままに庭を改造し、いくらなんでもと声をかけたが聞いてくれない。
「ここはもうメイの家だから好きにしていい」
「いや、あの、私の家なんですよ」
「同棲してるからメイの家」
「同棲って……なんでそんな言葉知ってるんですか」
「テレビでやってた」
 せめて同居といってほしかった。もしかすると変身前が雄だったりしたのかもしれない。人生初の同棲相手が亀の雄というのはあまりにも救われず、恐ろしくて変身前の性別をチェックすることはできなかった。
 テプセケメイは庭だけでなく家の中も住みやすいようにいじり始め、それは7753から見ると到底住みやすいようにしているとは思えず、放っておくこともできずにやめさせる。これでは落ちこんでいる暇もない。ひょっとしたら7753の気を紛らわせるため、あえて面倒なことをしているのでは――と思い、ゴーグルで見てみると、そういうわけでは全然なくて、ただ気まぐれなだけだった。
 それに、本当に気が紛れたわけではない。
 生命が尽きかけていたのに、プキンに対して拳を向けた羽菜のこと。
 羽菜を助けようとしてくれた魔王パムのこと。
 魔王パムを助けに行って戻ってこなかったリップルのこと。
 魔法少女に憧れていたんだと泣いていたウェディンのこと。
 致命傷を負いながらも這いずってプキンに攻撃したファニートリックのこと。
 たった一人で危険な囮役を引き受けてくれた繰々姫のこと。
 折れた道路標識、歪んだガードレール、割れている道路、崩れているブロック塀、噴き上がる黒煙、倒れている人、横倒しのトラック、ビルに突っ込んだ電車。
 マナが運ばれ、7753とテプセケメイは救助に向かった。どこに行っても人が死んでいる。助けようとしても助け切れない。水の中で足をばたつかせても全く前に進まない悪夢の中にいるようだった。
 家の中では常に変身しているようにしていた。人間のままでは本当に潰されてしまう。きっと跡形も残らない。アルコールや睡眠に逃げることはできない。逃げる前に追いつかれる。そして7753は潰される。潰されてしまいたくない、と思えるだけ前向きなのかもしれない。潰されてもいい、潰されるべきだ、までは達していなかった。

《つづく》

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