特別短編タイトル9










《2》

 テプセケメイの奇行を窘めつつ、家の中に籠って鬱々としている。一週間、二週間とそんな日々を過ごし、三週間目になって上司から連絡があった。
 病院名、病棟と病室、それに時間帯を教えられた。
「マナ班長のお父上から許可をいただいた。現在療養中ではあるが、本人にすべきことはなく退屈しているのだそうだ。見舞いに来てくれれば嬉しい、とのことだよ。私は後始末で忙しいからそちらでよろしくやっておいてほしい」
 お見舞い。マナの様子が見たいという気持ちはある。申し訳なくて顔を合わせられないという気持ちもある。どちらの気持ちも本心からのものだ。
「お見舞い、知ってる。テレビで見た。メイも行きたい」
 テプセケメイは行きたがっている。身内がいいといってくれていても、マナ本人はどう思っているのだろうか。
 翌日、7753はコートと帽子で髪とコスチュームを隠し、ご近所の目を避けつつ家を出た。もうすぐクリスマスということで商店街の通りには樅ノ木が並び、電飾とモールで飾り立てられていた。茶問屋の松の木にまでイルミネーションが飾られている。
 息は白く、街路樹はくすんだこげ茶に枯れ、生命感の薄い季節なのに、他全てを巻きこんで人間だけが楽しそうに騒いでいる。
 テプセケメイが外を見ようと肩掛け鞄の中から顔を出そうとするので油断ができない。
「ランプの中でじっとしているって約束したはずですよ」
「メイは外が見たい」
「病室で外に出してあげますからそれまで待っていてください」
 途中、生花店で花束を購入した。聳え立つように立派な桃色のシンビジウムを中心に、なるだけ華やかな組み合わせを作ってもらい、リボンで纏めた。
 さらに洋菓子屋でチョコレートムースを購入。テレビ番組で紹介されていた有名店だ。予め予約しておかなければ午前中だけで売り切れ必至の人気商品で、ちょんと乗ったクリームと苺が可愛らしい。
「おいしいものの匂いがする」
「だから顔を出しちゃダメだって」
 チーズケーキを一つ追加注文し、鞄の中に入れてテプセケメイを黙らせた。魔法少女は飲食を必要としないはずなのに、なぜ匂いに惹かれるのだろう。動物だからだろうか。
 電車を乗り継ぎ県境を跨いで着いた先は、歩いて1周するだけでも一時間はかかりそうな大きな病院だった。真白い外壁には染み一つなく……というわけでもなく、注視してみれば鳥の糞がこびりついていた。
 この病院は「魔法の国」の出先機関の一つだ。魔法使いから魔法毒を抜くための設備まで揃っている。だが一般の患者を受け付けていないわけではない、むしろ滅多にない魔法関係の患者よりはそちらがメインになっている。
「メイはこの匂い、嫌い」
「消毒薬の匂いが好きな人はあまりいません。我慢してください」
 正門から駐車場の傍を通り、側溝の金網を渡って病院の中に入る。リースやサンタの置物といったちょっとした飾りつけがクリスマスムードを煽っている。世間から隔絶しているわけではなく、病院の中も地続きだ。すれ違う医者や看護師もどこか浮き立っているような気がした。
 病院の案内図で現在位置と目的地を確認し、まずは人気のない談話室に入った。
「おしっこ?」
「なんで談話室でそういう発想になるんですか」
 鏡にはゴーグルをかけた7753が映っている。設定を「悲しさ」から「苦しさ」へ、その後「寂しさ」に変更してみた。なにも出てこない。知っていた。鏡はあくまでの7753の像を映し出しているに過ぎない。それは7753ではなく、あくまでも鏡だ。
 行為の馬鹿馬鹿しさとセンチメンタリズムにため息を吐き、ゴーグルを外して鞄の中に入れた。緊急時はともかく、目上の人間に会いにいこうというのにゴーグルをつけたままというのはまずい。B市で初めてマナに会った時もこんなことを考えていた。そして挨拶をしてすぐに変身していなかったことを咎められた。
「どうして笑ってる?」
「……別に笑ってはいません」
 髪やコスチュームがきちんと隠れていることを備え付けの鏡で確認し、7753は談話室を後にした。リノリウムに響く靴音が妙に大きく聞こえて、歩く速度を落とし、そろりそろりと足を出して前に進んだ。足が重い。というより気が重い。病室に近づくにつれ重くなる。喉が渇き、掌は逆に湿る。
 マナは今なにを考えているだろう。あの時起きたことをどう思っているだろう。あの時は散々罵られたが、罵られるだけのことをした自覚もあった。また罵声を浴びるのかもしれない。でもそうなってくれた方が気が楽だとも思う。
 病室のドアをノックし、「どうぞ」と促す声を聞いて部屋に入った。
 入るなり目を眇めた。蛍光色をふんだんに使用したカラフルな魔法陣が、天井、床、壁に描かれ、大小様々な円で全ての面を埋め立てんとしている。大きな液晶テレビ、ポット、冷蔵庫、クッションに革張りのソファーベッドまで完備されている。
 中央には天蓋付きのベッドが陣取り、小さな身体を横たえた少女がこちらを見ていた。
「なんだ、お前か」
 ふんと鼻を鳴らして眼鏡の位置を整えた。その姿が涙で滲み、7753は目元を擦った。
「あの……お元気そうで」
「馬鹿が。入院している者が元気なわけがあるか」
 マナは窓側に顔を向けた。そっぽを向かれた形にはなったが、帰れと怒鳴られることはなかった。「どこにでも座れ」と小さく声をかけられてほっとし、また涙が出そうになる。最近涙腺が緩くてどうしようもない。
「メイも出ていい?」
「ああ、そうだ。出ていいですよ」
 鞄からするすると出てきたテプセケメイは、なぜかゴーグルをかけていた。
「なにやってんですか! ゴーグルしてちゃダメなんですってば!」
 慌ててゴーグルを奪い取り、鞄の中に放り入れた。テプセケメイは罪悪感皆無の様子で堂々とソファーに寝転がっている。
「パンチはまだ?」
「は? パンチ?」
「パンチをお見舞いする」
「いやいやいや! そっちのお見舞いじゃないですから!」
「おいしいもの、まだ?」
「いや、あの、これはお見舞いの品……プレゼントするために持ってきた物ですから……ええと、マナさん。よろしければお召し上がりください。あとこれも……」
 水差しの隣にある大振りのガラス花瓶にはなにも飾られていなかった。
「飾らせていただいてもよろしいですか?」
「好きにしろ」
 じっとしていると気がもたない。動いていた方が気は紛れる。備え付けの洗面所で花瓶に水を入れた。花瓶の中は乾ききっていて水の一滴もない。専用のトイレと洗面所がある個室。ちょっとしたVIPルームだ。つるりと磨き上げられた陶器の洗面台も、部屋の大きさも、調度品も、全てが豪勢な造りなのに、花は無い。
 なんとなく物寂しい気持ちになって洗面所から出ると、テプセケメイが紙皿の上にチョコレートムースを並べていた。テプセケメイは自主的に配膳をするようなキャラクターではない。さらにポットからお湯を注いでティーパックをカップに浮かべている。マナが命令したのだろう。マナにちらりと目をやる。窓の外を見ている。怒っているでもなく、悲しんでいるでもない。7753は目を伏せ、背筋を伸ばした。
「世間はクリスマス一色ですよ。ほら、花もそんな感じでしょう」
 わざと明るい声を出しているのだと思われないように気をつけた。

《つづく》

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