特別短編タイトル9










《3》

 テプセケメイの隣に腰掛け、紙皿とお茶を受け取り、マナの顔を見た。カーテンから漏れた光で眼鏡が光り、瞳が見えない。特徴的な巻き毛はストレートに戻され布団の中に潜りこんでいた。量販店で売っていそうなスウェットを着こみ、長期入院の患者というよりはだらしない怠け者というふうにも見える。
 窓の外に目を向けたまま、ムースを一口食べ、二口食べた。日の光に照らされているせいか、顔色がとても白い。
「そっちは、どうだ」
「特に変わりなく、という感じです。上の方は後片付けで忙しいらしいですけど」
「そうか……忙しさが一段落ついたら、そっちの上司と会っておきたい。話を通してもらうことはできるか?」
「ええ、私でできることでしたら」
「この事件のことをもっと調べておきたい」
 マナはムースを切り分け、もう一口食べた。顔が少し色を取り戻しているように見えた。
 窓の外には雲が流れている。部屋の中の空気はどこか重たい。なにを話せばいいのか。マナと顔を合わせれば一つしかない。事件のことだ。羽菜や魔王パムやリップルのことだ。ファニートリックや繰々姫やウェディンのことだ。でも、そんなことは話せない。
 マナは紅茶で湿った口を開いた。
「もっと知りたいことがあるし、調べたいことがある。ここを出たらすぐに動く」
「知りたいこと、ですか」
「一面から見て、それだけでわかるわけがない。羽菜がよくそんなことをいっていた」
 マナは天井を見上げ、テレビのリモコンを取って見詰め、すぐ置いた。
「確かめておきたい」
 マナは掛布団の端をぎゅっと握って離すのを繰り返し、頬に手を当て左右から顔を押した。なにをしようとしているのかよくわからない。
 マナはムースを口の中に入れ、ため息を吐いた。
「なんというか」
「はい」
「なんというかさ」
「はい」
 マナは紅茶のカップを置いた。
「なんというか、なんというか」
「はい……」
「私の所には誰も見舞いに来ない」
 花瓶が乾いていたことからも察してはいた。しかし本人から直接そういわれてしまっても反応に困る。7753が逡巡している間にテプセケメイが「メイ達が来てる」と答えた。
「それだけ。あとはパパが来たけど、あの人研究馬鹿だからなにも持ってきてくれなくて。私の服とか最低限の物しか持ってきてくれないし」
 声が震えている。マナは下唇を突き出し、残ったムースを一度に口の中へ入れた。
「いえ、あの」
「私は誰にも愛されてない。羽菜お姉ちゃんは……もう、いない」
 ぐすっと鼻をすする音がした。マナの双眸から大粒の涙が次々に零れ落ち、7753は椅子から腰を上げた。
「だ、大丈夫……ですか?」
「羽菜お姉ちゃん……羽菜お姉ちゃん……」
 身体をぶるっと震わせ、それを機に赤ん坊のように声を震わせ泣き出した。顔が赤い。興奮しているのだろうか。7753はテプセケメイを見たが、全く動揺せずに黙々とムースを食べている。まさかナースコールをするわけにもいかない。
 マナは子供のように泣き続け、7753はただおろおろと戸惑い、テプセケメイは7753のチョコレートムースにまで手を伸ばし、そこでガラッとドアが開いた。
「ああ! まーたよくないもの食べて!」
 熊、ではなかった。熊のように体格の良い中年の女性看護師がのしのしと部屋に入り、チョコレートムースの乗っていた紙皿を取り上げると匂いを嗅いで顔をしかめた。
「アルコール! なに考えてんの!」
「えっ、いえ、その」
「魔法使いっていうのは繊細なの。口から入った薬品がおっそろしく効果及ぼしたりなんてことが珍しくないの。しかもあんた、よりによって薬抜くため入院してる魔法使いのお見舞いにアルコール入りのお菓子持ってくるなんて」
 巨体の看護士は恐らく魔法使い専属で、そういった知識も有しているのだろう。いわれるまで気がつかなかった。7753は慌てて皿に鼻を近づけた。病院全体から立ち昇る消毒薬臭に誤魔化されていたが、いわれてみれば確かにアルコールの匂いがする。
「こんなにされて……可哀想に」
 巨体の看護師がマナを抱き、マナはしがみついていよいよ盛大に泣いていた。
「そんなことだから魔法少女はデリカシーが無いっていうのよ!」
「は、はい、すいません、ごめんなさい」
「出ていきなさい!」
「も、申し訳ありません!」
 ほぼ追い出された。
 そういえば羽菜が「班長はお酒が入ると付き合いやすい」なんてことをいっていたような気がする。今更思い出しても後の祭りだ。酒に弱い以前に、入院患者にアルコール入りのお菓子を持ってきてしまうのは間違いなくデリカシーが不足している。
 7753はトイレの個室で鞄を抱いて項垂れた。失敗した。余計なことをした。もっと話すべきことはあったはずだし、話したいこともたくさんあった。つまらないことだって知りたかった。それこそ好きな食べ物でも好みの異性のタイプでもなんでもよかった。
「赤いのが減るのってどういうこと?」
 鞄の中から声をかけられ、顔を上げた。テプセケメイは追い出されたことをどう思っているのだろう。きっとどうも思っていない。
「……赤いのってなんです?」
「丸くて先がとんがってる」
 テプセケメイがするっと鞄の中から飛び出し、個室の中が一気に狭苦しくなった。
「ここに出てくる」
 テプセケメイが差し出した右手の上には7753のゴーグルがある。
「ああ、ハートですか」
「メイはずっとこれで見ていた。メイ達が入った時、お見舞いの女のハートがばばんと減った。お見舞いの女がどういうことになったのか、気になる」
 ゴーグルの表示は「寂しい」だ。部屋に入る前に設定したままだった。
「メイはとても気になる」
 出た時と同じように、するりと鞄の中に入ってしまう。
 7753はゴーグルをじっと見た。トイレの照明を反射して安っぽい黄色に光っている。
 アルコール入りのムースで酔わせ、泣かせ、それでも、ほんの少しくらいは、役に立てたのだろうか。マナの寂しさが減った。7753も同じだ。マナの顔を久々に見た時、寂しさが減った。自分自身をゴーグルで見ることができなくともわかる。
 7753は立ち上がった。
「もう一度、行ってみましょう。また追い出されるかもしれませんが、それなら後日来るということでいいです。まだ話したいことはいっぱいありますから」
「メイもそれがいいと思う。メイはグレースについていく」
「……グレース?」
「グレースはウェディンに似てる。コモノなところが」
 誰かと勘違いされている上、失礼なことをいわれている気がする。だが、今訂正しても覚えてもらえる気がしない。だったら後に回せばいい。今すべきことを今する。
 マナは事件について調べたいといっていた。それを手伝わせてもらおう。
 7753は個室のノブを回した。
 
《おわり》

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