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スクールライブ・オンライン Episode智早【1】


――それが恋に変わるのは、もうしばらく先の話だ 。


 小学六年生の秋、気になる男子ができた。
 同じクラスになったことがないから、彼のことは名前も知らない。まあ、そのあたりは重要ではないし、特に興味もないのでどうでもいい。
 最近とみに視力が落ちたことで使い始めたメガネのズレを正し、秋晴れの日差しが差し込む図書室の窓に目をやる。運動場では、今も彼が他の生徒たちとドッヂボールに興じている姿があった。
 今日は何を話しているんだろう。彼への興味が尽きない私は、髪を左右に分けて結んだ三つ編みおさげを指先で弄びながら、図書室の窓を半分ほど開いた。
「トロくさい奴だな。さっさとボール取りに行けよ。十秒以内で」
 苛立ちめいた声に、「あうッ」と彼のくぐもり声が重なった。
「あーあ、残念、二秒遅かった。今日も帰りはカバン持ちの刑な」
 どこに非を見たのか、臀部を蹴られた彼は「ごめん」と謝罪した。
 一方的な暴力に、理不尽な叱責。あれを〈いじめ〉と断ずることに疑問の余地はない。
 低俗で、野蛮で、時間の無駄遣い。六年生にもなって、よく飽きないものだと感心する。彼らは昨日も、今日も、そして明日も同じ行為を繰り返すだろう。
 彼は見るからに気が弱そうで、体格も平均的。何をされても愛想笑いを浮かべるだけ。弱い者いじめが好きな連中には格好のオモチャに映るだろう。
 彼へのいじめを知った最初の頃、私には不思議でならなかった。いじめる人間の心理がではなく、いじめを受けているという過酷な境遇に身を置き、なんの打開を試みることもなく甘んじている彼のことがだ。
 いじめをやめさせることなんて、赤子の手を捻るように簡単だろうに。やろうと思えば息継ぎをする間に解決できる。人の道を切々と語り聞かせる必要も、汗水流して護身術を習う必要もない。例えば、連中の目の前で窓ガラスを叩き割ってやればいい。いじめなどというチープな行為を楽しむ連中は、派手な演出(パフォーマンス)と狂気(インサニティー)に慄き、その日を境に自ら関わりを断とうとするだろう。
 それをしないのは、何か弱みでも握られているからなのかと思って見ていたが、私が観察している限りで、いじめをしている連中が弱みらしきものを引き合いに出している場面は見たことがない。
 となると、別なところに理由があるんだろう。
 いじめを容認する彼の心理について、私は持てる知識を総動員し、一つの仮説を立てた。
 この仮説に至ることができたきっかけは先日――
 行きつけの書店で、聞き慣れぬ響きを放つタイトルがついた文献に目を留めた。
 タイトルは、『マゾヒスティック・オルガスムス』。
 この時点でオチが読めたという人は、相当なキレ者に違いない。
 必殺技みたいなタイトルに、無知な私は興味を引かれ、棚から一冊を抜き取った。ありがたいことに、タイトルの解説が1ページ目に記されていた。
【マゾヒスティック】
 マゾヒズムの性向をもつさま。被虐的。
「〈性向〉は、人の性質の傾向。〈被虐〉は、残虐な取り扱いを受けること。いじめられること。これらは知っているが、マゾヒズムとは……む、派生語としてちゃんと書いてあるじゃないか。この本、できるな」
【マゾヒズム】
 相手から精神的、肉体的苦痛を与えられることによって性的満足を得る異常性欲。
「なんと、人間の心理とは実に奥が深い」
 余談ではあるが、この頃から私は急速に性知識を蓄えていくことになる。
 私はさらに文献を紐解いていく。〈オルガスムス〉とはいったい――。
「……――あ。何を」
「お嬢ちゃんにはまだ早いよ」
 いつの間にか近づいてきた店員が私の手から文献を奪い、無理やり児童文学コーナーへと追いやった。立ち読み禁止ということか。しかし、かろうじてタイトル前半の意味だけは解読できた。そして真理への糸口を得た。
 世の中には、マゾという嗜好を持つ者。いじめられることで快感を覚える人間がいる。
 おそらく、彼もその類なんだろう。そう推測して以来、マゾの生態について興味を抱いた私は、気づけば彼のことを目で追うようになり、今に至る。
 回想から戻ってくると、運動場ではボールが遥か彼方に転がっていき、彼がまた蹴られている姿が目に入った。それを見た私は、憂いが滲み出る溜息をついた。
「まったく、バリエーションが少なくてつまらないな。叩くか蹴るか、あとは雑用を押しつけるだけなのか。そんなことでは彼も満足できないだろうに」
 苦痛に歪める彼の表情を、この時の私はそんな風に解釈していた。

          ◇

 放課後になり、私は図書室へ向かった。いつもなら昼休み中に済ませるのだが、つい彼の観察に没頭して時間を忘れ、貸出時間を逃してしまったのだ。
 私は読書に関してこれと決めた嗜好はなく、雑多に読み漁るタイプだ。作家やジャンル、流行を追い続けるようなこともない。知識の探究家を気取っているわけじゃないが、それでもクラスメイトといるより、一人で本を読んでいる時間の方がよほど有意義に感じる。
 私にはどうにも同級生のしていること全般が幼稚に見えてしまう。本の虫として過ごしてきたせいか、この口調も女の子らしくない、子供らしくないと親によく言われる。感性が人とは異なる成長を遂げてしまったのかもしれない。おかげで友達はいない。
 クラスメイトたちが私に関心を持たないのは無理もない。こんな根暗メガネを相手にしても退屈だろう。それを改善しようとしない私に、そもそもの問題がある。
 改善? 問題?
 不意に過った言葉に首を捻る。
 私は無意識のうちに自分の性格を問題と考え、直したいと考えているんだろうか。
 改善してどうする? 改善した後はどうしたい? 友達を作りたいのか?
「…………ないな」
 一瞬の思考でそう片付ける。少々、言葉の選択を誤っただけだ。
 さて、今日はどういった本を借りて帰るとしようか。廊下を歩きながら頭を巡らせる。目下、興味を引かれているマゾの生態について記された文献でもあれば喜ばしいんだが。ロシアの作家、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』でも読めば、何か新しい知識を得られるだろうか。
 そんなことを考えながら図書室に到着し、扉をスライドさせた。
「…………」
 私はこの時、〈面食らう〉という体験を、十二年生きた人生で初めて味わった。
 ところで〈面食らう〉と〈面食い〉はまったく違う意味だが、どこかに共通性があるのだろうか。――などと思考を脇にズラすことで、私は動揺を隠した。
 何に面食らったかというと、入ってすぐ左手にある貸出コーナーの受付カウンターに、例の彼が座っていたのだ。何故ここに。カバン持ちの刑が執行されているはずでは?
 私が入り口で突っ立っていると、彼がこちらに顔を向け、「貸出時間は十六時までです」と言ってきた。彼は図書委員らしい。
 ともかくこれはチャンス。いつも彼は他の男子と一緒にいる、というか、無理やり連れ回されているので、このように一対一で対峙する機会などなかった。ここで一気にマゾの神秘に迫れるかもしれない。
「君、オススメの本があれば教えてほしい」
 カウンターの前に立ち、開口一番でそう言うと、彼は人の良さそうな目をぱちくりとさせた。
「えっと、ごめんなさい。今週のオススメとか、そういう企画はやってなくて」
「君のオススメで構わない」
 むしろ君の好みを知ることが、解明への手がかりになると言えよう。
「僕の? ……僕は、その……欧米文学なんかが好きなんだけど……」
 何故申し訳なさそうに言うのか。
「中でも好きなのは、フランツ・カフカとか。あ……でも、ちょっと小難しすぎるかも」
「カフカ。確か、数多くの女性体験のある作家だったか? 不倫経験もある」
「瀧さん、カフカを知ってるの?」
「知っているのは女性遍歴だけだな。作品自体は読んだことがない」
「変わってるね……」
 そういうことに興味津々なお年頃なのだよ。
「それで、カフカのどんな作品がオススメなのかな?」
「んと、この作家の書く物語はストーリーが面白いっていうより、ツッコミどころがたくさんあってね、そこが逆に面白いんだ。中でも僕の一押しは『変身』かな。主人公が朝起きたら虫になってるって話なんだけど、その変身に気付いた家族がほとんど驚かないところにまずツッコミを――」
「ストップ。勧めてくれとは言ったが、ネタばらしは困る」
「ご、ごめん」
 もう遅い。あらすじを聞いただけで、ストーリーがだいたい読めてしまった。
 おそらく、主人公は虫になった醜い自分を他者に見せ付けることで、次第に、蔑まれ、石を投げつけられることに悦びを見出すようになり、さらなる快感を貪らんがために奮闘するという物語だ。そうして主人公は、いつしかその悦びを世に布教しようと、同士を求めて旅に出る――と、彼の好みから推測すれば、こんなところだろう。
「まあいい。それよりさっき君は私の名前を口にしたが、名乗った覚えはないと思うが。君とはクラスが一緒になったことはないし、話をしたのもこれが初めてのはずだ」
「あ、ごめん」
 また謝った。よく謝る奴だ。
「瀧智早(たき・ちはや)さん、だよね?」
「いかにも。私は瀧智早だ」
「うん、よろしくね」
「よろしく、じゃない。どうして知っているのかを知りたいんだ」
「ご、ごめん」
 また……。いい加減、イラッとしてきた。
「えっと、瀧さん、よく図書室で本を借りていくでしょ? それで貸出カードを整理してたら、よく名前を見かけて」
「それは妙な話だ。その情報からは、本をよく借りる瀧智早という人間が存在するということだけで、私がその瀧智早なる人物だと断定できた理由にはならないと思うのだけど」
「ご、ごめ――痛ッ!?」
「さっきから謝りすぎだ。次に謝ったら殴る」
「眉間に手刀は殴ったうちに入らないんだね……」
 しかし考えてみれば、彼的に殴られることはご褒美。もしや、意図的に殴られるよう誘導しているんだろうか。だとすると、かなりの策士。
「理由は別にないんだけど。瀧さん目立つし、多分、六年生は全員知ってると思うよ」
「目立つ? 休み時間ごとに図書室に入り浸るような根暗メガネがか?」
「ね、根暗メガネ? でも瀧さん、かわ……いし…… 」
「川? 石?」
「や、なんでも……ないです」
「私は目立つのか。それは知らなかったな。単独行動ばかりしていることが、逆に目立つ結果になっていたということか。どうでもいいが」
「や、そういうわけじゃ……」
「それはそうと、君の名前を教えてもらおうか」
「僕の?」
「私の名前は知られているのに、私が君の名前を知らないというのは何やら負けた気分だ」
「勝ち負けなの? ……えっと、僕は、会堂篁(かいどう・たかむら)です。篁は、こういう字を書きます」
 小学校では習わない字を使うらしく、名乗りながらメモ用紙に書いてみせてくれた。
「下の名前も苗字みたいだな」
「うん。それでよくからかわれるんだ」
「気に障ったかい?」
「悪口だったの?」
「そんなつもりはないが」
「だったら全然気にならないよ。僕は篁って名前、嫌いじゃないし」
 そう言って、目の前の彼は優しく微笑んでみせた。
 おどおどするだけじゃなく、こんな表情もできるのかと、私はすこし感心した。
「いや待て。君の場合、悪口だったということにした方がよかったんだろうか」
「なんで!?」
「隠さなくていい。私はこう見えて、大概のことなら許容できる」
「え、どういうこと?」
「まあせっかくだ。嫌いじゃないというなら、君のことは篁と、下の名で呼ばせてもらおう。私のことも智早で構わない。〈ちゃん〉も〈さん〉も付けず、呼び捨ててくれ」
「いきなり呼び捨てとか……いいの?」
「私だけ呼び捨てなのに、私のことを呼び捨てにさせないのは不公平というものだ」
「さっきから、瀧さんのそのこだわりはなんなの?」
「瀧さんじゃない。智早だ」
「あ、ごめ――て謝ってないよ。ぎりぎり飲み込んだよ。その厚さはもう鈍器だからね」
 私は頭上高く振り上げていたハードカバーを返却コーナーに戻した。
「ところで、〈篁〉とはどういう意味だい?」
「え、さあ」
「ご両親も、それなりの願いを込めてつけた名だろうし、何かしらの意味があるはずだ」
 こういうことは、調べないと気が済まない性質だ。
 私は辞書コーナーから漢和辞典を引っ張り出し、ページをめくっていく。二人して紙面を覗き込むと、互いの肩が触れてしまい、篁が「ひぇ」と変な声を出した。
 【篁】……竹が群がって生えている所。たけやぶ。
「意味がわからない。タケノコのように、にょきにょき育てという願いだろうか」
「そこはすくすく育て、じゃないの?」
「篁物語と何か関係あるかもしれない」
「悲恋の物語だね」
「つまり、篁に悲恋の人生を送ってほしいという両親の願いが」
「そんな親いないって……。智早の由来は、早く頭の良い子になりますように、かな?」
「だろうな。捻りがない。産まれた時、智早にするか、早智(さち)にするかで迷ったそうだが、智早にしてくれと私が希望した」
「へえー…………え?」
「冗談だ」
 どちらからともなく吹き出し、私たちはくすくすと笑った。
 いじめられっ子でマゾヒスト。どんな奇人変人かと思いきや、なかなかどうして。
 そういえば私も、人前で笑うなんて、いつぶりだろうか。
 図書委員の仕事は曜日替わりらしく、篁は木曜日の放課後が図書委員の当番だそうだ。
 私はこの日から、毎週木曜日の放課後は、欠かさず図書室に通うようになった。

 これが数年後、最高の《鍛冶師(ブラックスミス)》と最強の《騎士(ナイト)》と呼ばれるようになる、私と会堂篁のファーストコンタクトだった。





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スクールライブ・オンライン2
著者:木野 裕喜
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