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スクールライブ・オンライン Episode智早【2】


「秋は短いな。もうすっかり冬の気温だ」
 室内との温度差で曇った窓ガラスを眺め、私はしみじみと呟いた。
 篁(たかむら)には図書委員の仕事があるので、私は篁のいる受付カウンターに一番近い机で宿題をするようにしている。正直、小学校の図書室には興味を引く本があまりないので退屈だ。読書より、篁と話をしている方が、よほど暇つぶしになる。
「読みたい本があれば希望申請もできるよ。審査が通ればだけど」
「『マゾヒスティック・オルガスムス』というタイトルの本を頼む」
「え? 何それ」
「そういえば姉妹編として『サディスティック・エクスタシー』なるものも紹介されていたな。ついでなので、そちらも一緒に申請してもらおう」
「内容はわからない、というか、あまり知りたくないけど、多分通らないかと……」
「やれやれ。了見が狭いな」
 それにしても、篁のこの反応、やはりおかしい。
「少し前から気にかかっていたことなんだが、篁はマゾなのに、この手の話にいまいち食いつきが悪いように思えるのは気のせいだろうか」
「ちょ、誰がマゾ!?」
「私の前で謙遜する必要はない。それとも既にマゾヒズムを極め、新たな性癖を開拓している最中なんだろうか。だとすれば、私はいささか篁を過小評価していたようだ」
「いや謙遜とかじゃなく!」
「ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』は読んだかい?」
「え、何いきなり。読んだことはあるけど」
「(マゾだけに)満足したかい?」
「まあ、それなりに」
「やはりね」
「やはり何!? 何そのドヤ顔! 僕はマゾじゃないってば!」
「いや、ちょっと待ってほしい。さっきから篁の話を聞いていると、まるで自分のことをマゾではないと言っているように聞こえる」
「ダイレクトにそう言ってるじゃないか!」
「なんだと? 私の勘違いだとでも言いたいのか!?」
「なんで喧嘩腰!? そんなに自信あったの!? なんか申し訳ないけど智早(ちはや)の勘違いだよ! てか、ずっとそう思ってたの!?」
 しかしそうなると、腑に落ちないことがある。この際だ。問い詰めてみることにする。
「篁がマゾでないなら、どうしてされるがままになっているんだ? 私はてっきり悦んでいるものだとばかり思っていた」
「な、なんのこと?」
「誤魔化すな。篁が受けているいじめのことだ」
 私の歯に布着せない指摘に、篁がビクリと体を強張らせた。
「……知ってたん、だね。……うぁー、女の子に言われると、結構くるなあ……」
 バツが悪そうに、観念したように篁が肩を落とした。
「知ってるのに、智早はどうして僕と普通に喋ってくれてたの?」
「篁がいじめられていることと、私が篁と喋る喋らないに、なんの関係がある?」
「普通、いじめられるような奴とは喋りたいと思わないんじゃない?」
「普通普通と言うが、それは誰が決めた普通だ? 篁は私が異常だと言いたいのか?」
「異常なんて、そんなことは」
「普通じゃないなら異常だろう」
「智早のことは、変わってるなあと思ったりはするけど、それが悪いだなんて思わない。僕は、智早が一緒にいてくれて……嬉しいし、一緒にいると、楽しいよ……」
「私だって、篁といる時間は楽しい」
 誰になんと言われようと、それは覆ることのない事実だ。
 篁は右へ左へと視線をやった後、俯き耳を赤くしながら「……ありがとう」と言った。
「意味もわからず謝る癖が影を潜めたと思ったら、今度は意味もわからず礼を言われる。変だと言うなら、篁こそ変だ。というか篁、顔が真っ赤だぞ。暖房の効きすぎか?」
「そ、そうかもしれない。うん、ちょっと暑いよね」
 窓を数センチだけ開け、私は話を本題に戻した。
「そもそも、篁は何故いじめられているんだ? 気が弱いから目をつけられたのか?」
「言わなきゃダメかな?」
「言ってしまえ。吐いて楽になれ」
「…………当たり。それだよ」
「それ?」
「吐いちゃったんだ。五年生の遠足で、バス酔いして」
「ふむ、それで?」
「それだけだよ」
「それだけでいじめに発展したというのか? 気分が悪ければ吐くことくらいあるだろう」
「あるよね。でも、それが原因でいじめに発展することも……あるんだ」
「幼稚だな」
「智早は人間ができてるから、余計そう感じるのかも」
「なんだそれは? 私と篁の何が違う? マゾヒストじゃないのなら、どうしていじめられたままでいる?」
「怖いからだよ。情けないけど」
「怖い? 群れて一人を攻撃するような卑怯者たちがか?」
「うん、怖い」
「それは篁が抵抗の意志を見せないから、相手も付け上がっているんだろう」
「抵抗したら、それまでの倍の数、倍の力で殴られるんだ。やめてくれ、くらいは言ったりするんだけどね」
「それでは足りないということだ。殴り返すくらいの気概を見せれば」
「それは、嫌だな」
「どうしてだ!?」
「だって、殴られたら痛いんだ。それを知ってるのに、その痛みを誰かにぶつけるなんてできないよ。誰だって、痛いのは嫌だ」
「だから、いじめられたままでいる方がマシだと?」
「マシだとは思ってないけど。とにかく……暴力は嫌なんだ」
「その意志薄弱が、いじめをのさばらせているわけか。男のくせに、本当に情けないな」
「……そうだね。自分でも情けないと思うよ」
 女にここまで言われて言い訳もなしか。
「……気分が悪い。今日はもう帰る」
 吐き捨てるように言い、私は篁を置いて図書室を出た。

          ◇

 篁があんな腑抜けた奴だとは思わなかった。
 ここ数日の私は、生理でもないのにずっと苛々しっぱなしだ。
 校内清掃の時間、教室で集めたゴミを、焼却炉に叩きつけるようにして投げ入れた。
 客観的な視点から他人の性癖等に興味を持つことはあっても、自分の希望と違うことでむしゃくしゃするなんてことは、これまでにない感覚だ。
「なんだというんだ、いったい」
 訳のわからないモヤモヤが気持ち悪い。
 篁のことなんかもう知らんと毒づきながら、ゴミ捨ての役目を終えた私は、肩を怒らして廊下を歩いていた。すると、品のない声が耳に入ってきた。
「ゲロむらやーい、ゲーロむらー」
 ……なんて間の悪い。
 今一番会いたくない人物、見たくない光景が進行方向にあり、思わず口元がヒクついた。
「そこまだ汚れてんだろ。ちゃんと掃除しろよ」
 連中に分担という考えは頭になく、篁一人が膝をついて雑巾がけをしている。その周りを三人が囲んでアレやコレやと口を出すだけ。時折、篁の背に蹴り入れている。
 私は少し離れた所から、その様子を見つめた。
「そこも。ほらそこも。うわっ、そこにこびりついてるの、それもしかして、ゲロむらのゲロじゃね? うげー、ばっちーばっちー。さっさと拭き取れよ」
「ご、ごめん、すぐやるから……」
 また謝っている。
「お前、週に何回くらいゲロ吐いてんの? つうか、去年からずっとゲロ臭いんだけど。ちゃんと風呂入ってんのか?」
 一人が集中的に暴言を浴びせ続けている。あの中で一番背が高く、一番態度がでかい。奴がいじめのリーダー格だ。
 いつの間にか握りしめていた拳に力がこもる。
 抵抗もせず、やられてばかりの情けない篁に苛立っているのは確かだ。
 だけどそれと同じくらい、周りの連中にも腹が立って仕方がない。
 お前たちは何様だ。お前たちのどこに他人の尊厳を貶める権利がある。一回嘔吐したからなんだというんだ。お前たちは生まれてこの方、一度も吐いたことがないというのか。この先、一度も吐かずに人生を終える自信でもあるのか。そもそもお前たちが直接被害を受けたのか。頭からゲロをかけられたのか。
 不平不満が次から次へと浮かんでくる。
 なのにわからない。
 どうして私が他人のことで苛々しなくちゃならないんだ。
 苛立つ理由に見当がつかないせいで、余計に苛々が募る。
 答えは出ない。だけど、一つだけはっきりしていることがある。
「お前たち、いい加減にしたらどうだ」
 私はこれ以上、あんな風に虐げられている篁を見るのは我慢ならないということだ。
 私の登場に、篁が驚いて目を剥いている。
「はあ? 誰だよ、ゲロむらを庇う気――て、瀧(たき)智早だ」
 振り向き様、不躾に私の名前を口にしたこいつの名前を私は知らない。名を名乗れと言う場面でもないし、このまま〈お前〉でとおさせてもらう。
「えーと、なんか用かよ?」
「一人に寄って集ってみっともない。週に何回とか、そういう話はマス●―ベーションの回数だけにしておけ」
「は? マス……何だそれ?」
 これだから無知な連中は嫌だ。せっかくユーモアを織り交ぜて、波風が立たないように気を遣ってやったというのに。
「智早、僕のことはいいから!」
「うるさい、篁は黙っていろ!」
「おいおい、ゲロむら、なんで瀧のこと呼び捨て? てか、瀧も篁って、え? お前ら、そういう関係? うーわー、ふじゅんいせーこーゆーってやつか?」
「……ゲスめ」
 もう知らん。本当に知らん。不満をそのままぶつけてやる。
「さっきから黙って聞いていれば、ゲロゲロと耳障りだと言っているんだ! お前たちはカエルか? 品性の欠片もない。父親の精嚢でオタマジャクシからやり直せ!」
 私の啖呵が理解できないのか、リーダー格の男子が、仲間二人に向けて自分の頭を指でトントンと叩くジェスチャーをした。
「こいつ、何言ってんだ?」
 まるで、私の方がいかれていると言っているかのように。
 私は血が沸騰しそうになり、さらに声を荒げた。
「お前たちのようなアホは、両生類以下の単細胞生物だと言っているんだ! その頭の中には脳みそが詰まっていないのか!? 群れないと何もできない卑怯者め!」
「はあぁ!? いきなり出てきて、ずいぶんなこと言ってくれるじゃんか、あぁ!?」
 怒鳴ることで相手を威嚇する。低能な輩がやりそうなことだ。
 やっぱり篁は情けない。こんな連中、怖くもなんとも――
「女のくせに出しゃばんなよッ!!」
 ドンッ! と胸に強い衝撃が襲い、私は背中を壁にぶつけ、その場に尻もちをついた。
「ち、智早ッ!」
 篁が叫んだのと同時、
 凍るように冷たい何かを頭の上から浴びせられた。
 …………。
 ………………え?
「あーあ、瀧さんが廊下にバケツの水ぶちまけましたー。俺たち何も悪くありませーん。瀧さんが一人でやりましたー。うはあ、雑巾絞った水でビッショ濡れ。きったねー」
 ぽた、ぽた、と髪から床に滴る雫を呆然と見やる。
 ……バケツ……水……?
 何が起こった?
「あれえ? 今度はいきなりだんまり? さっきの威勢はどこいったんですかー?」
 何もわからない。
「ははは、カッコつけて出てきといて、いいザマー」
 何も考えられない。
「あ、これビビってる? 絶対ビビってんよ。なっさけねー」
 寒さではない震えが体を襲う。

 ――体が……動かない。

「よお。ちょっと可愛いからって、調子乗ってるからそうなるんだよ」
 ドスの利いた声が耳元で囁かれる。
 私にはそれが、首に冷たい刃物でも当てられているように感じた。
「いいか? これに懲りたら二度と偉そうに口出すなよ。わかったな」
 ぐっしょりと濡れたおさげを引っ張られ、無理やりに頷かされる。
「三谷(みたに)君、女の子になんてことするんだ!」
 篁の怒鳴り声がしたかと思うと、相手の気配が私から遠ざかった。
「こ、の……。ゲロむらのくせに体当たりかましやがった。やんのかコラァッ!」
 すぐ近くで争う声が聞こえる。
「おい、こいつにも水ぶっかけてやれ!」
 鈍い音が間断なく響く。誰かが殴られている。そんな嫌な音だ。
 それでも私は、縫い付けられたように地面を凝視し続けた。
 自分の身に起きたことが信じられず、放心したように頭が真っ白になっている。
「くっそ、離せ。離せっつってんだろ!」
「智早に……謝ってよッ!」
 しばらくすると、騒ぎを聞きつけた教師がやってきた。
 誰かにタオルを被せられ、保健室へ連れて行かれた。
 その間、私は誰に何を言われても、一度も顔を上げられないでいた。

          



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著者:木野 裕喜
出版:宝島社
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無題
スクールライブ・オンライン2
著者:木野 裕喜
出版:宝島社
(2013-11-9)
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