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スクールライブ・オンライン Episode智早【3】


 保健室で、ズブ濡れになった制服から体操服に着替え、保健医が髪を乾かしてくれた。その時も、私は一言も口を開かなかった。
「智早(ちはや)、大丈夫?」
 後から保健室に来た篁(たかむら)が、今は隣で傷の手当を受けている。
 篁に話しかけられ、私はここで初めて顔をのそりと持ち上げた。
 篁の口元に絆創膏が貼られている。
「……篁こそ」
「え、ああ、これ? 大したことないよ」
 殴られたら痛い。それを知っている篁が、殴られるとわかりきっている行動をとった。
 どうして。
 決まっている。矛先が私に向いたから。私を守ろうとしたからだ。
 不用心に蜂の巣を突く真似をし、自分だけでなく、その被害が篁にまで飛び火した。
「……すまない」
「いいって」
 罪悪感で押し潰されそうだ。
 謝罪を済ませた後は、無言が場の空気を支配した。気を遣ったのか、それともいたたまれなくなったのか、手当を終えた保険医が篁に「会堂(かいどう)君、落ち着いたら瀧(たき)さんを教室に連れていってあげてね」と言って退室していった。
「そ、そういえば、智早が髪を解いてるところ見たの、初めてかも」
「私はクセ毛だから、普段はまとめないと面倒なんだ」
「へえー、そうなんだ」
 二人きりが気まずいせいで、篁が必死に会話を探している。それは私も同じだ。 
「……篁、こないだ勧められた『秘密の花園』だが、読了したぞ」
 イギリス生まれのアメリカ人作家、フランシス・ホジソン・バーネットの小説だ。バーネットの作品の中で最もポピュラーで、永遠に語り継がれる珠玉の名作と言われている。
「え? あ、そうなんだ。女子にどんなのを勧めればいいかって考えて選んだんだけど、どうだった? 映画化なんかもしてるし、ハズレではなかったでしょ?」
「タイトルから予想していたものとまったく違った。孤独な少女が血の繋がらない伯父に引き取られることになった時は、いよいよか、と期待したのに、結局ラストまで健全なストーリーに肩透かしを食わされた。それについて文句を言いたい」
「何を期待してたのかは聞かないでおくよ……」
「私も、さすがに口にするのは抵抗がある」
「オタマジャクシとか大声で叫んでた人が、よく言うよ」
 そこでまた会話が途切れる。
 ……ダメだ。息が詰まる。
 無理してフザケた話題を投入しても、この空気の中では異物にしかならない。
 私は諦め、覚悟を決めて先ほどのことについて話し始めた。
「篁が、人に飛び掛かるとは思わなかった」
 これは保険医が話していたことだ。私はその現場を直視できず、ただ震えていた。
「さすがに僕も、カッとなっちゃったからね」
「すまない」
「智早が謝るようなことじゃないよ。こんなのかすり傷だって」
 そう言って、つんつんと口元の絆創膏に触れてみせる。本人は気づいていないようだが絆創膏には大きな血だまりができており、とても痛々しい。
 私が気に病まないよう、強がっていることは容易に想像できた。
 私は座ったまま姿勢を正し、篁に目を合わせず俯いたまま尋ねる。
「訊いてもい――……いや、訊いてもよろしいでしょうか」
「なんで敬語!? やめてよ」
 あまりにも申し訳なくて、つい。
「教えてほしい。篁は、今までどうしてあいつらに抵抗しなかったんだ? さっきみたいに、やろうと思えばやれたんじゃないのか?」
「やらないよ。こないだ言ったじゃない。痛いのは嫌なんだ」
 やらないと、やれないは違う。
「私は篁のことを、臆病だと思っていた。篁の気が弱いからされるがままでいるのかと、そう思っていた」
「過去形なの?」
「篁は臆病なんかじゃない。あいつらに向かっていった」
「それは智早が……。それなら智早だって最初」
「違う。私と篁は全然違う。私は、知らなかっただけだ」
「知らなかったって、何を?」
 さっき受けたプレッシャーと痛み、そして恐怖を思い出し、ぶるると体が竦んだ。
「……体験しないと、わからないものだな……」
 実際に自分の身に降りかかったことで、これまでの認識がごっそり覆った。
「…………あれが、いじめか」
 怖かった。恐ろしかった。何もできなかった。
「あんな怖い思いは、二度としたくない」
 たった一度の暴力で心が折られ、自分がどれほど弱い人間かを思い知らされた。
 臆病というなら、私こそが臆病だ。
「篁はあれを、ずっとずっと味わってきたはずだ。それなのに、どうして耐えられる?」
 私の質問に、篁はカリカリと頭を掻いた。
「……僕から手を出したら、終わりだと思ったんだ」
「非暴力、不服従か? しかしいじめが終わるなら、それは願ってもないことだろう?」
「ううん。そうじゃなくて……なんていうのかな……」
 言い出しにくいことなのか、篁は唸った。
 ややあって、次に篁が言った言葉の意味を、私はすぐには理解できなかった。
「僕が手を出したら、それこそ三谷(みたに)君たち……彼らと、友達になれる機会が永遠に失われるって考えてたんだ」
 想像の斜め上すぎて、耳を疑いさえした。
「友……達? 自分をいじめている相手と?」
「うん。三谷君たちと、友達になりたかった。卒業まで、もう何ヶ月かしかないのにね」
「いや、でも、どうして……」
「彼らが放課後、どこか遊びに行く約束とかしてるの、すごく羨ましかったんだ」
 その光景を思い浮かべているであろう篁の表情が、柔らかく綻んだ。
「教室で他愛無い話をしたり、友達と一緒にゲームしたりするの、ずっと憧れてた」
 自分を虐げてきた相手への恨みや怒りの感情をまったく言葉に乗せず。
「僕も彼らの中に、ちゃんと友達として混ざれたらいいなって思ってた」
 本当にそうあれたらいいと願っていることが、こっちにまで伝わってきた。
「篁は、すごいな。すごすぎる」
 篁の懐の大きさを知り、逆に己の矮小さを痛感した。
「すごくなんかないよ。自分からは何もしなかったし。相手が勝手に改心してくれるのを待ってただけなんだ。どっちみち叶わなかったよ」
 だけど、その願いを完全に潰えさせたのは、他ならぬ私だ。
「すまない……」
「智早のせいじゃないよ。というか智早、さっきから謝りすぎ。えと、なんだっけ。次に謝ったら殴る――のは無理だけど、怒るよ?」
「怒ればいい」
「えー……」
「篁を非難しておきながら、篁と違って、たった一回あれを味わっただけで、もうあいつらと関わりたくないと思ってしまった」
「うん」
「篁は、あいつらと友達になりたいと言ったが、それを聞いて私は……絶対にやめてほしいと……思ってしまった」
「うん」
 私は弱くて、臆病で、そして卑怯だ。
 あんなに恐ろしく、心も体も冷たくなる行為に耐えてきた篁に私は――。
「……これが最後だ。謝るのは、これで最後にするから……」
「うん」
「……こないだ図書室で、情けないなんて言って……すまなかった……」
 私は握りしめた両手に視線を落としながら、唇を噛みしめた。
「気にしてないよ」
 篁はただ頷き、私を許した。
「智早は強いね」
「何を言っている。強いのは篁だろう」
「女子なら普通、あんなことされたら泣いちゃうと思うけど」
「女らしくなくて悪かったな」
 少しだけ泣きそうになったことは伏せておこう。
 それと何故か、篁に女らしくないと言われたのが、ほんの少しばかりショックだった。
「悪いなんて言ってないよ。それどころか、嬉しかったなあ」
「嬉しい? なんの役にも立てなかったぞ?」
「役に立つとか、そういうことじゃないんだ。そりゃあ、あんな無茶はもうやめてほしいけど、智早のしてくれたことは……ホント…………ホントにね――……」
「何が言いた――」
 ギョッとした。
 同時にドクン、と心臓が一度だけ大きく跳ねた。
「ホント……涙が出るかと思うくらい……嬉しかったんだ」
 ぼろぼろと、篁の瞳から止めどなく涙が零れていった。
「お、おい。篁……何を……」
 出るかと思うくらいというか、思いっきり出ている。
 なんだ。どうして突然篁が泣き出すんだ。ここで泣くのは女の私なんじゃないのか?
 篁は笑顔で、涙腺が壊れたのかと思うほど涙を流し続ける。
「僕は智早がいてくれて、すごく救われた。僕にも五年生のあの時までは、友達だった人もいたけど、皆、僕がいじめられるようになって離れていった」
 篁は強い。それでも平気なはずはなかった。
 篁に刻まれてきた傷の数と深さは、私が受けたものなんかと比較にならないんだから。
「智早だけだ。僕と一緒にいてくれたのは」
 それを言うなら篁だって……。
 私の場合、一人でいることを良しと考えてはいたけど、誰かと一緒にいることが、こんなに居心地のいいものだと教えてくれたのは篁だ。
「ふ、ふん。私は普通とは違うからな」
 照れ臭い気持ちを憎まれ口で隠した。
「智早、〈普通〉の反対が何か知ってる?」
「変わり者。異常ということだろう?」
「違うよ。普通の反対は――…………〈特別〉っていうんだよ」
 そう言って、篁は正面から私を抱きしめた。
「た、篁?」
 またしても心臓が跳ねた。しかも今度は一度ではなく、バクバクと休むことなく跳ね続ける。篁が触れている部分から熱が全身へと伝わり、体中が熱くなっていく。
「智早は僕にとって、特別だ」
 ――特別。
 …………ああ。
 だからか。
 喋っていて話が弾む。打てばその度に響くツッコミセンスも貴重だ。
 こんなに気の置けない奴は他にいない。
 それに何より、一緒にいて飽きない。一緒にいて心が安らぐ。
 いつの間にか篁は、私にとってそんな存在になっていた。
 だから私は、篁があいつらにいじめられているのが我慢できなかった。
 こんな簡単なことだったなんて。こんな簡単なことに気づけなかったとか、人付き合いに関する自分の経験値不足にほとほと呆れてしまう。
「私にとっても、篁は特別かもしれない」
 そう言って、私もまた篁の背に手を回した。
「かも、なの?」
「不満か?」
「そんなことはないけど」
 とりあえず、一番気の合う奴。今はこれでいい。その先があるかは……まあ、未定だ。
「ねえ、智早」
「なんだ?」
「約束してほしい。あんな危ないことは二度としないって」
「……言われなくても、できる気がしない。偉そうなことを言った自分が恥ずかしい」
「いいんだよ。智早は女の子なんだから」
「なんだそれは。男女差別か?」
「ち、違うよ。……少しはカッコつけさせてくれてもいいのに」
「泣きながら言われてもな」
 肩越しに篁が溜息をついた。
 咄嗟に軽口で返したが、私はそこまで鈍いわけじゃない。
「智早は、そのままでいてね」
「篁もな。私としては、篁がマゾヒストであってくれた方が面白かったが」
「あはは。やっぱり智早って変わり者だね。ちなみにこれは褒め言葉だよ」
「なら、許す」
「変わり者でいてくれて、ありがとう」
 私は篁の優しさと温かさを感じながら、この時間がずっと続けばいいのにと願った。

 それから卒業までの数ヶ月、結局、篁へのいじめがなくなることはなかったが、篁は泣きごと一つ言わずに耐え忍んだ。私も約束どおり……見て見ぬ振りをした。
 そして三月、私たちは小学校を卒業した。


          



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