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【スクールライブ・オンライン Episode智早【5】
「いやはや、まさか廊下に立たされるとはな」
「入学初日から何やってんのさ……」
篁(たかむら)は呆れたように言うが、なかなかにレアな体験ができて私は満足している。
「彼女とならすぐ仲良くなれそうだ。むしろ既に親友の域に達していると言っても過言ではない。ふふ、幸先がいい」
「傍から聞いてると、その穂村(ほむら)さんって人が気の毒でしかないけど」
杏奈(あんな)のあれは、噂に聞くツンデレというやつだろう。今のところまだツンばかりだが、じっくりたっぷりねっとりと時間をかけ、少しずつデレさせてやろう。その時こそ、彼女の胸を存分にこの手で堪能してやろうじゃないか。楽しみだ。
「智早(ちはや)、手をわきわきさせてどうしたの? なんか不気味だよ?」
「なに、ちょっとしたシミュレーションだ」
初日は入学式とガイダンスだけで終了。通常授業の開始は明日からになる。
正午を回ったばかりのこの時間、荷解きなど、新生活に必要な作業はあらかた終えている私と篁は、見学がてらに中等部の校舎周りを散策していた。垂れ幕や入学おめでとうのアーチなど、新入生歓迎の文字がそこかしこで見受けられるが、中でも特に活気があるのは部活の勧誘だろう。新入部員獲得のため、様々な部活が勧誘合戦に精を出している。
「智早はすごいなあ。僕は当たり障りのない自己紹介しかできなかったよ」
「とにかくインパクトを与えたかったからな。その意味では成功したと思う。それに学園生活は始まったばかりだ。いくらでもチャンスはある」
「そうだね。目指せ、友達百人ッ! なんちゃってね」
「他人と関わりを持つのは、さほど難しいことじゃないとわかったのは収獲だ。どうやら食わず嫌いだったようだな」
「智早って口下手なわけじゃないし、性格だってはきはきしてるから、自分から友達を作ろうと思えば、いくらでも作れるんだよ」
「篁は少し性格が暗いものな」
「う……そういうことをはっきり言うところもイイ性格だよね」
「それにしても、さっきは楽しかった。どうしてもっと早く友達を作ろうとしなかったのかと悔やむほどだ。他人と接していると、まるで世界が広がっていくような気がする」
門出を祝うかのように眩しい春の日差し。新しい日々が始まるということも手伝って、気持ちが晴れ晴れとしていく。――が、隣を歩く篁は、何やら浮かない顔をしている。
「どうかしたのか?」
「あ、いや……あの頃に比べれば、どんな毎日でもマシに思えるけど、僕は、智早が離れていってしまいそうで少し寂しい気もする……かな。仲のよかった友達に、自分よりも仲のいい友達ができたみたいな寂しさっていうか。クラスもまた別々だし。一年生の間くらい、出身校から配慮してくれてもよかったのに」
「何を言う。友達のありがたみに気づかせてくれたのは、他ならぬ篁だろう。私はこれからも、篁とこうして学園生活をおくっていくつもりだぞ」
「……そっか。……うん、変なこと言ってごめん」
「まったくだ」
クラスが別になって残念に思っているのは、お前だけじゃないんだからな。
「ところで、ホントに決めちゃったの?」
「ああ、もう決めた」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対だ」
「どうしても?」
「どうしてもだ」
この問答は、入学前から幾度となく行われている遣り取りだ。
「何度言われようと、私は《鍛冶師(ブラックスミス)》を選択する」
篁ともめているのは、3Rで選択しなければならない職業についてだ。担任が明日までにと言っていたが、何も昨日今日で突然選択に迫られたわけじゃない。十数種類ある職業の概要は、入学パンフレットにもちゃんと書いてあり、基本的に入学式を経るまでに決めておくものだ。なのに、篁がこのようにいつまでもごねてくる。
「篁は、何故そこまで私に《聖職者(プリースト)》を推してくるんだ?」
ブラックスミスは製造職兼、準火力職。プリーストは回復職だ。
「だ、だって智早がプリーストになってくれたら、ペアでもいろんなところに行けるじゃないか。それに、衣装もカワイイのが多いらしいし、見てみたいし……」
「性に合わない。それなら篁がプリーストになればいいだろう」
「いや、僕は《騎士(ナイト)》って決めてるから」
ナイトは盾職兼、火力職といったところか。篁がナイト……それこそ似合わない。
「なんのこだわりだ?」
「だってナイトといえば、大切な人を守る誉れ高き職業だから」
「だから?」
「いやだから、大切な人を守る……」
「同じことを二度も言うな」
「ごめん……」
すぐそうやってしゅんとする。
篁が何を言いたいのか、理解できないわけじゃない。
理解できてしまうから……照れ臭い。
「まあ、篁がそういうキャラクターを演じてみたいという熱意は伝わってきた。せっかくのRPGだ。好きな職業を選べばいいさ。肝心の大切な人とやらが誰なのか、そもそもいるのかどうかもまったくもって見当がつかないが……その、なんだ……志望動機としては …………カッコイイんじゃ、ないか?」
言って、顔が熱くなるのを感じた。柄にもないことを言ってしまった。
「あ、はい……」
篁も顔を明後日の方向にやっているが、後ろからでもわかるくらい耳が真っ赤だ。
「た、篁が絶対ナイトをやりたいと言うように、私にもやりたい理由があるからな」
「そ、そうなの? どんな理由?」
「単純に、何かを造ることに興味があるのも理由の一つだが、自分の造った物が、他者の手で活用される。私はそこに人との繋がりを感じられる気がする。作家が作品を読者に読まれ、楽しんでもらうことに喜びを見出すように、ブラックスミスにも同じことが言えると思う。きっと気持ちがいいと思うぞ。自分の手掛けた作品が世に広まっていくのは」
「……そんなこと考えてたんだ」
「どうしてもと言うなら、私の造った装備で篁のことも強くしてやらんでもないぞ」
「うわー、まだアバターを作ってすらいない人が言う台詞じゃないね。でもまあ、未来の名工に期待させてもらおうかな。目標は製造ランキング1位?」
「なれるものならな。そういうわけで、私はこれまで疎かにしていた分まで積極的に他人と交流していくつもりだ。篁も付き合え」
「もちろん」
新たなスタートに心躍るが、それでもやっぱり一人より二人の方が心強い。
「ところで、ブラックスミスと同じ製造職の《アルケミスト》だけど、実はこれも衣装が可愛いって知ってた?」
「しつこい」
ただ少し、鬱陶しい時もあるが。
◇
「ねえねえ、君たち。さっき職業選びについて話してた?」
ちょうど校舎周りを一周したところで、唐突に行く手を遮るようにして声をかけられた。
セミロングの快活そうな女性が一人、私たちに向けてにっこりと笑いかけている。
篁が、「それがどうかされましたか?」と丁寧に返した。
相手は上級生で間違いないだろうが、スカーフの色が中等部の青色じゃなくて赤色だ。ということは、高等部の生徒。中等部の校舎になんの用だろうか。
「聞き間違いだったらごめんね。君たち、《ブラックスミス》と《ナイト》になるの?」
「はい。僕がナイトで、彼女がブラックスミスになるつもりで」
素性のわからない人間にすらすら答えるのはいかがなものかと思ったが、篁は前に出て、私を背に隠すようにしている。一応警戒しているようだ。
「おおー。おおー。イイネイイネ!」
バシバシと篁の肩を豪快に叩き、得体の知れない先輩は一人で興奮していく。
「えっと、ご用件は――」
篁が用向きを尋ねようとした時、
「ゆーちゃ~ん、いい子見つかった~?」
遠くから、おっとり間延びした声が走ってきた。
はふはふと、息を荒げながらやってきたのは、春の季節が擬人化したらこんな見た目になるんじゃないかと思わせるほど、ふわふわと柔らかくて華やかな愛らしい少女――……
――じゃ……ない。学ランを着ている。
「有力候補を見つけたわよ。しかも、ブラックスミスとナイト、両方いっぺんに」
「うっそー、ゆーちゃん、すんごーい」
さばさばした女の先輩と、甘ったるい猫撫で声を出す(おそらく)男の先輩。なんだかとてもチグハグなコンビに思えた。
「あ、ごめんね。自己紹介するわ。あたしは高等部三年生の八千房豊(やちふさ・ゆたか)。こいつは……えー……うん、覚えなくていいわ。記憶容量の無駄遣いだから」
「ゆーちゃん酷ッ! ボクだって一生懸命探してたのに」
「あーはいはい、悪かったわ」
「まったくだよ。あーあ、走ったら汗かいちゃった。ゆーちゃん、汗拭くから今穿いてるパンツちょうだい」
瞬間、八千房と名乗った先輩が、セクハラ発言をした男の先輩の膝裏に鋭いローを叩き込んだ。そしてうつ伏せに倒れた男の先輩の後頭部をぐりぐりと踏みつける。
「ねえ瑞穂(みずほ)、第一印象って、とっても大事なことだと思うのよ。おわかり?」
流れるような一連の動作。二人の間で幾度となく繰り返されてきたのだとわかる。
「反省じまず」
「わかればよろしい」
「でも最近、ゆーぢゃんに踏まれるのが気持ぢ良く痛痛痛痛ッ嘘やっぱり超痛いッ!」
これは俗に言う、どつき漫才というやつだろうか。
「何度もごめんね。いきなり身内のみっともないところ見せちゃったわ。とまあ、こんな風に、見た目とのギャップが物凄い奴なのよ。こんなだけど、正真正銘男だから」
杏奈、やっぱり私は変態じゃない。本物の変態とは、足蹴にされながらも恍惚の表情を浮かべている、こういう人のことを言うのだ。
自己紹介は中断されたが、頭を踏みつけられながらもなんとかしてスカートの中を覗き込もうとしている、瑞穂という名前らしい先輩は変態。八千房先輩がその飼い主だということだけはよくわかった。
「あれー? よく見るとその子、入学式で新入生代表の挨拶してた子じゃない?」
八千房先輩の足の下から這い出した瑞穂先輩が篁を指差した。
「え、嘘ッ! マジで!?」
「マジマジ。だってボク、有望な人材を探すために新入生に交じって入学式出てたもん」
「有望な人材って、どうせ可愛い子がいないかチェックしてただけでしょうが」
「ゆーちゃんは、ボクのことならなんでもお見通しだね。おっぱい見して」
「目玉抉るわよ」
「それで、えっとー、名前なんだっけ。上も下も苗字みたいだなーってことだけ覚えてるんだけど、女の子じゃないからあんまり印象に残ってないんだよね」
「あ、はい。会堂(かいどう)……篁といいます」
「そうそう。そんな名前だったね。で、後ろの彼女の名前は――……て、ん? あれれ!?」
瑞穂先輩が、今度は私に目を留め、驚きに目を見開いた。
「君、僕がぺろぺろしたい新入生ベスト10に選んだメガネっ娘じゃない! ゆーちゃん、決まり決まり! この子たちで決まりだよ!」
「まだ何も説明してないっての」
「ねね、君と同じクラスに、髪が長くて、おっぱいがDカップくらいある子いるでしょ!? あの子もベスト10入りしててね、今度二人まとめてぺろぺろしに行グフッ!?」
不意打ちによる足払い。瑞穂先輩は受け身も取れず、後頭部から地面に落下した。
「ご、ごめんね、おっぱい小っちゃいゆーちゃんに、この話は辛ガハッ!?」
下は硬い地面。いくら女子の体重とはいえ、先の比ではない強烈な踏みつけを顔面にとは……。鼻血の海に沈む瑞穂先輩は気を失い、ぴくりとも動かなくなった。
私は瑞穂先輩を視界から外し、存在しないものとして扱うことにして「瀧智早です」と八千房先輩に名乗った。
「ホンッットごめん……。ああもう、これ第一印象最悪よね……」
八千房先輩は頭を抱え、深く苦労の滲み出る溜息をついた。
「それはいいですから、あの、そろそろご用件を……」
しびれを切らした篁が話の続きを促した。
「えっとね、君たちを勧誘したいと思ってるの」
「勧誘、ですか?」
「勧誘といっても、部活じゃないわよ。ギルドの勧誘ね。ギルドってわかる?」
「はい。3Rの、プレイヤー同士で構成されたグループのことですよね」
「そ。そのギルドに、君たち二人に加入してもらえないかなって」
「僕たちを、ギルドに?」
中等部の生徒がギルドに入る。
それがどれほど例外的なことかを知らない私たちじゃない。
「質問いいでしょうか」
私はすっと挙手し、そう言った。
「ええ、どうぞ」
「どうして高等部に上がった一年生ではなく、中等部の一年生を勧誘するんですか?」
私たちのように、これから初めてプレイしようなんて初心者がギルドに入っても、既存メンバーとの間にレベル差がありすぎるため、PTを組んでも経験値を公平分配することはできない。確かレベル差が10以内でないと無理だったはず。それはシステム上のルールとして誰でも知っていることだ。
また、ギルドには人数制限 がある。拡張する手段もなくはないようだが、それでも人数枠は極めて貴重だ。そのため、卒業したメンバーの穴を埋めるために、少しでも戦力になる人員を補充しようとするのが当然と言える。特に、攻城戦と呼ばれるギルドVSギルドでは、中等部の生徒なんて、なんの役にも立たないのだから。
つまり、中等部の生徒をギルドに迎え入れるメリットがない。
PT戦や攻城戦など鼻から頭にない、お気楽ギルドなら話は別かもしれないが。
「一言で言えば、先物買いね。今の君たち……いいえ、今年、来年、再来年の君たちには何も期待してないわ。期待してるのは、君たちが……そうね。高等部の二年生、三年生になった頃かな。ランキングの高いブラックスミスは重宝されるし、ナイトやクルセイダーみたいにこう、背中で仲間を守る、みたいな正統派の盾職(タンカー)は、カリスマとしてハマり職だから、ギルドを率いていくリーダーとして打ってつけってわけ。アサシンなんかだと、イメージ的にちょっとね」
「そんな先のことを……。ですが、八千房先輩は卒業していますよね?」
「そりゃね。でもこの学園の特徴で、卒業した後でも、在学中はどこどこのギルドに所属していました。そういう経歴はステータスとして残るのよ。だから、君たちが将来ウチのギルドを盛り立ててくれたら、卒業したあたしたちにとっても得になるってわけ」
「それは、先輩たちが私たちの育成を手伝うということですか?」
「そうね。普通は、他人の面倒なんて見てる暇があったら自分のレベル上げに力を入れるものなんだけどね。この学園じゃ、レベルと地位が何より大事で、他のことになんて誰も興味ないから」
「それならなおさら」
「けどまあ、それはもういいの」
もういい、とはどういう意味だろう。
「僕からも質問いいですか?」
「もちろん。気になることはじゃんじゃん訊いて」
「僕たち二人が入ったからって、将来的にそれほど変わるものですか? 不確定な未来を期待するより、卒業された方たちの空枠を、できるだけ優秀な人材で補強することに努めた方いいような気がするんですけれど」
「おお、篁君、12歳とは思えないほど賢いわね。このバカに見習わせたいくらいよ。智早ちゃんもしっかりしてるし、ますます有望だわ」
「それで、具体的にはどうしようと考えているんですか?」
話が逸れそうになったので、私がやや強引に引き戻した。八千房先輩が野心家なのは伝わってくるが、頂上を獲るための明確なプランでもあるのだろうか。
「そこはほら、あれよ。今からスパルタで鍛えれば」
ただの体育会系思考だった。話にならない。
「篁、正直私は気が乗らない。ギルドに入ることができれば、かなり有利にレベル上げができるかもしれないが、それによるデメリットもなくはないと思う」
「そうだね。周りが誰もギルドに入ってないのに、僕たちだけ特別扱いを受けていたら、多分浮いた存在になっちゃうかもしれない。ギルドにはどこか排他的なところがあるって聞いたことがあるし」
周囲から浮いた存在。それは避けたい。以前の二の舞はごめんだ。
それに、八千房先輩の言うスパルタを受けていたら、同級生たちとPTを組む機会も少なくなってしまうだろう。できることなら他の初心者たちと足並みを揃え、その上で篁と楽しみながらプレイしたい。
「んー、まーそういう可能性も否定はできないわね。ていうか、君たちホント賢いわね。お姉さん、ちょっとビックリよ」
「智早、どうする?」
「お誘いはありがたいが」
「ああ、そんなすぐ結論を急がないで。いったん保留にして、少し考えてみてほしいの。君たちホント有望なんだもの。まだウチのギルドのこととか何も紹介してないし。それでもダメなら無理にとは言わないから。ね、お願い」
そういうことならば、と私たちはこの件を持ち帰らせてもらうことにした。色よい返事こそしなかったが、八千房先輩はそれで十分だと引き下がってくれた。
と、ここで変態――もとい、瑞穂先輩が復活した。
「チッ、よかった、生きてたのね」
「うぅ……ゆーちゃん、マジ手加減なしなんだから」
「乙女心を傷つけた代償としては安すぎるくらいよ」
「ごめんね。だけど何事にも全力であたるそのスタイル、ボクは嫌いじゃないよ。もちろん、ゆーちゃんのスレンダーなスタイルも大好きさ。Bカップだって立派なおっぱいだ」
「うふふ、ありがとう。死ねばよかったのに」
「あはは、ゆーちゃんの照れ屋さん」
薄ら寒い遣り取りに、私と篁はどう反応していいのかわからない。
「それで、(ボクが気を失ってる間に)話は終わったの?」
「まあね。とりあえず保留ってことになったわ」
「えー、もったいなーい。即決しちゃえばいいのに。智早ちゃん、絶対ウチに来てね!」
「確約はしかねます」
「瑞穂、無理強いしないの」
「じゃあもし智早ちゃんが入ってくれなかったら、ゆーちゃんがメガネかけてね」
この人にとって、私の存在意義はメガネに集約されているんだろうか。
「イヤよ。あたし、視力はいいもの」
「もう、さっきからなんなのさ! 世の中イヤイヤで渡っていけるほど甘くないんだよ!? 苗字におっぱいついてるくせに、一度もおっぱい見せてくれないどころか、パンツもくれない! メガネもかけてくれない! そんなわがままがいつまでも通ると思ってるの!?」
「OK。じゃあパンツあげるわ」
「ホント!? やったあ、言ってみるもんだね――……て、ゆーちゃん何その構え? それパンツじゃなくてパンチ――アガペッ!?」
「あたしの苗字は、や・ち・ふ・さ。ちぶさじゃないっつってんでしょうが。何百回言わせりゃわかるのかしらね、このゴミ虫は」
こんな変態がギルドメンバーだと、ギルドマスターはさぞや大変だろう。
「はあ~……。こんなのがうちのギルドマスターとは、つくづく嫌になるわ」
――断ろう。そう判断するのに十分な要因だった。
「とにかく、詳細は追ってメールするわ。無理なら無理でいいから、気軽に返事してね」
学生IDを教え合い、八千房先輩たちとはここで別れた。八千房先輩は、再び気絶した瑞穂先輩を丁重に背負い、といったことはなく、普通に足首を掴んで引きずっていった。
その後ろ姿を、私たちは唖然として見送った。
「変わった人たち……だったね」
「変わっているというのは美徳だと思っていたのに、認識が変わりそうだ」
「あ、そういえば、肝心のギルドの名前を聞いてないや」
「後でメールすると言っていたし、そこにはちゃんと書かれているだろう。どのみち私は断るつもりだが」
「……そっか」
「なんだ、歯切れが悪いな。篁はギルドに入りたいのか?」
「いや、ちょっと惜しいかなって思っただけだよ。僕は智早がいれば、それでいいし」
「なッ!? そ、そんなクサい台詞をさらりと言ってのけるとは……。貴様、女たらしか」
「え、クサかった? あ、うわ……そう言われると……わわ」
まだ肌寒さの残る四月上旬だというのに、真夏日の日差しを浴びているように顔が熱い。
最近、篁と喋っていると、こういう空気になることがままある。
「りょ、寮に戻ったら、早速プレイしてみるか?」
「そ、そうだね。お昼を食べたらログインしてみようか」
私たちは取り繕うようにして話を逸らし、帰路についた。
これは、誰のミスでもない。
それでも時間を戻すことができれば――……
あの時に先輩たちからギルド名だけでも聞いておけば、こんなことにはならなかったのにと、私は後悔することになる。
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著者:木野 裕喜
出版:宝島社
(2013-06-10)
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