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スクールライブ・オンライン Episode智早【6】


 女子寮に戻った私は冷や飯で適当に炒飯を作り、昼食をとった。わりと料理は得意だと篁に言ったら、意外そうな顔をされたのが少し腹立たしかった。今度無理やりにでも手料理を口に突っ込んで「うまい」と言わせてやろう。
 腹も満たされたところでPCを立ち上げ、【Real Reflects Record】の公式サイトを開いた。なにはともあれ、まずはアバターの作成だ。
 このゲームに関して、プレイヤーの分身となるアバターの外見を事細かくカスタマイズする必要はない。アバターの外見は、入学前に行われた身体測定や学生証発行時のスキャニングなどで、リアルと寸分の狂いなく再現されるからだ。
 決めなければならないのはただ一つ。

――――――――――
▽《鍛冶師(ブラックスミス)
――――――――――

 数ある中から希望する職業にカーソルを合わせ、迷うことなく決定。

〝Chihaya Takiは《ブラックスミス》を選択しました。

 これでよし。
 表示内容に頷いた私はベッドに腰掛け、学生生協で購入したヘッドマウントディスプレイを頭に装着して電源を入れた。これ一つでハードとソフトの役割を果たしており、また思考操作によるプレイが前提となっているため、コントローラーといった外部機器も存在しない。既に3Rはダウンロードされている。私は大きく一度だけ深呼吸をし、ログインIDとパスワードを思考入力して【GAME START】を選択した。
 入力欄が消えた後に残ったのは、全方位の暗闇だけ。
 数秒の暗闇が続いた後、視界にヒビが入っていく。あたかも脆くなった壁のように暗黒世界が崩れていき、そこから漏れ出る明かりがどんどん大きくなっていく。画面はすぐに真っ白な空間で満たされた。
 まだ目が光に慣れぬうちに、視界の遥か遠くに何かが出現した。こちらにぶつかる勢いで急接近してくるそれが【Real Reflects Record】のロゴだと気づく頃には、回避不可能な距離まで迫ってきており、私は反射的に身構えた。そのまま衝突するかと思いきや、ロゴはちょうど視界いっぱいに収まる位置で停止した。初心者には少々心臓に悪い演出だ。
 続けてロゴがモノクロに変わり、〈Now Loading〉の文字が現れた。
 オンラインゲームはこれが初めてだが、私は別にそこまで期待していなかった。なんでもいいから篁と一緒に熱中できるものが見つかればそれでよかった。
 しかし、いよいよとなると、どうしたって胸が高鳴ってくる。
 ――篁(たかむら)は、もう来ているだろうか。
 おそらくは、とっくにログインして私を待っているだろう。あいつはヘタレなくせに、そういうところは意外と紳士なのだ。他にも、意識しないと気づかないような、ちょっとした優しさを、私はこれまでにいくつも見つけてしまった。
 そんな篁に、小学生だった頃の私は何もしてやれなかった。篁はそうは思っていないだろうけど、私は自分の力不足をいつも嘆いていた。篁がいじめられていると知りながら見て見ぬ振りをし続けるのは、身を裂かれるような思いだった。
 篁のために何かしてやりたい。だけど私に何ができるだろう。
 栄臨学園への入学が決まってから、私はずっとそれを考えていた。
 そうして思ったことは、篁には辛かった日々を記憶の中から褪せさせてしまうくらい、この栄臨学園で楽しい学生生活をおくってもらいたいということだった。
 私たちのことを誰も知らないこの学園なら、まっさらな人間関係を始められる。
 明日にでも、篁に杏奈(あんな)や瀬川(せがわ)君を紹介しよう。きっと友達になれる。
 篁が冗談めかして言った友達百人、まずはそれを実現してやろうじゃないか。
「覚悟していろよ」
 ローディングが終わり、再び暗転。
 そして次に切り替わった景色は一面の草原だった。
「……すごいな……」
 正直、たかがゲームと侮っていた。
 空を流れていく雲、ビギナーを歓迎するように周囲を飛びかう小鳥たち。足下に生えた草の一本一本までが、風にたなびく様をリアルに表現している。
「待たせたかい?」
「僕も今来たところだよ」
 予想どおり、篁は先に来ており、笑顔で私を出迎えてくれた。
 3Rに視覚と音声以外の感覚はない。しかしこれほどの再現性。私の実体は寮の部屋にあるはずなのに、私には篁がすぐ近くにいると感じることができた。
「あは、仮想世界でもメガネは再現されるんだね」
「言うに事欠いてそれか。篁こそ、なんだその装備は。〈お鍋の蓋〉と〈ひのきの棒〉か? うどんでも御馳走してくれるのか?」
「それを言うなら智早(ちはや)だって、思いっきり〈布の服〉じゃないか。腰に掛けてある武器も何それ、トンカチ? 釘でも打つの?」
「私は職人だから別にいいんだ。それよりお前のどこが騎士(ナイト)だ。それじゃ近所の悪ガキにしか見えないぞ」
 普段とは違う装いを冷やかし合い、私たちは腹をかかえて笑った。
 私も篁もレベル1。ゲームも、それ以外のことも、何から何まで初心者だ。
 この世界での初顔合わせを一頻り堪能すると、私たちは、どこまでも広がる広大な大地へと目を向けた。
「それじゃあ、行ってみますか」
「エスコートを頼むよ。ナイト様」

          ◇

「ちょっと休憩する?」
「む、もうこんなに時間が経っていたのか」
 視界の右下にデジタル表示された時計は【14:36】。気づけば二時間くらいプレイに没頭していたらしい。アバターを何時間立たせていようと足が疲れることはないが、私たちはなんとなく雰囲気的に腰を下ろした。
「どう?」
「まあまあだな」
「まあまあで、レベルが2に上がった時、あんなにはしゃがないと思うけど」
「は、はしゃいでなんかいない!」
 否定しているのに、何がそんなに嬉しいのか、篁はニコニコと満面の笑みを崩さない。そんなおめでたい顔を見ていると、ムキになるだけ馬鹿らしく思えてくる。
「……癪だが……想像していたより、何倍も楽しい」
 レアアイテムが出たわけでも、何かクエストを攻略したわけでもない。ただフィールドにいるモンスターを倒していただけなのに、気の合う者とプレイするだけのことが、私にとっては感動に値する体験だった。私たちの職業は違っても、レベルアップに必要な経験値量は同じだ。二人同時にレベルアップした時、私は不覚にも、篁に飛びつくほどはしゃいでしまった。もちろん生身ではなくアバター同士での抱擁だが。
「この体験を、本当に教育とリンクできるのなら、人間を育てるという誇大文句も、あながち幻想ではないんじゃないかと思えた」
「僕が勧める本にはいつも辛い点をつける智早にしては、えらく過大評価したね」
「どちらも吟味してみての感想だ。この上なく妥当な評価だよ」
「このゲームに関しては、僕も同意見かな」
 だからこそ合点がいかないことがある。それを篁も感じている。
「八千房(やちふさ)先輩、この学園ではレベルと地位が何より大事で、他のことになんて誰も興味ないって言ってたけど、本当なのかな。こんなに楽しいのに」
「加入は無理強いしないと言っていたし、嘘をついてまで勧誘したとは考えにくいが」
 今は何もかもが新鮮で、一時的に楽しいと感じているだけなのかもしれない。飽きたら私もそんな風に考えるようになってしまうんだろうか。
「事実はどうあれ、それが全てという考えには賛同できないな。なんというか、せっかくのゲームがそれではつまらない気がする。人の評価をゲームの成績だけで決めるというのも変な話だ。レベルが高い=優秀。そんな評価はおかしいだろう。それだと、引きこもりニートの廃人プレイヤーは、もれなく優れた人間ということになってしまう」
「はは、言えてる。でも、この学園なら、そのゲームの成績さえよければ、いじめられたりなんてしないんだろうね」
 ぽろりと漏らした篁はすぐに、しまった、という顔をした。
「ごめん。カッコ悪いこと言っちゃった」
 あの辛い日々の記憶は、今も篁の心を苛んでいる。
 それはおそらく、私にも言える。思い出したくもないトラウマだ。
 私は頭をぶんぶんと振り、努めて明るい声を出した。
「どうせなら、いじめられないくらい仲間を作ればいい。いじめる人間より味方する人間の方が圧倒的に多ければ何も問題はない。そうだろう?」
「あはは、確かにそのとおりだね」
 しかし笑い声は一瞬。篁の声のトーンが落ちた。
「……だけど、レベルも地位も低いせいで大事な人を危険にさらしたり、守れなかったりするくらいなら、僕はそれを望むかもしれない」
「篁……」
「僕が不甲斐ないせいで智早を怖い目に遭わせるのは、もうごめんだから」
 私にはその言葉が、静かな決意、そして自身への戒めのように聞こえた。
 私のためを思っての言葉だ。
 嬉しいはずなのに、私は何故か、優しい篁の口からそんな台詞が出たのが辛かった。
「心配無用だ。この学園には、あいつらみたいな輩はいない。篁は、楽しいことだけ考えていればいい。篁が暗い顔をしていては、私も楽しめないじゃないか」
「……ありがとう」
「礼を言うような場面じゃないだろう」
「ううん、智早がいてくれて……智早と出会えて……本当によかった」
「そ、そんなことをしみじみと言うな。とにかく、ゲームは楽しんだ者勝ちだ」
 照れた顔を見られたくなくて、休憩は終わりとばかりに私は立ち上がった。
「そうだ。ねえ智早、いったん街の中に入ってみない? ドロップした物がいくらで売れるのか調べてみたいし、これで何が買えるか見にいってみようよ。さすがに、いつまでも棒っきれで戦うのはちょっと。全然ナイトっぽくないし」
 私もそれに賛成した。
 初心者のスタート地点周辺なだけあって、目視できる範囲に大きな街が一つある。徒歩以外の移動手段を持たない私たちは、草食動物たちが草を食む景色を楽しみながら、のんびり歩いていくことにした。
「しかし、二時間やってもレベルが一つしか上がらないのか」
「いやー、早い方だよ。どんなRPGにも言えることだけど、レベルが高くなるほど必要経験値が跳ね上がっていくからね。どんどん上がりにくくなるはずだよ。何しろ3Rは、卒業まで六年間プレイするつもりでレベル設定されてるからね。高等部の三年生でもレベル70台がやっとだって公式サイトの掲示板に書いてた」
「気が遠くなるな」
「長く遊べていいじゃない」
 私はちょっと面倒臭いと思った。このあたりは女子と男子の違いだろうか。
 街に到着すると、まずその外壁の高さに圧倒された。街の周囲をぐるりと囲み、フィールドからは中の様子がまったく見えない。まるで要塞みたいだというのが私の印象だった。
『ようこそ、《ランフィード》へ』
 外壁の一画にある門前で直立している衛兵らしきNPCが、私たちに向けて挨拶をしてきた。なるほど、この街は《ランフィード》というのか。
 衛兵の脇を通って門をくぐる。その際、篁が衛兵の銀色に光る鎧や盾を物欲しそうに眺めていたのがおかしかった。
「結構人がいるみたいだね。はは、僕らと似たりよったりな装備の人もチラホラいるよ。今日から始めた人も多いのかな」
 私たちは入学式のあった今日から3Rを始めたが、春休み中に入寮していて、一番早い生徒なら、既にプレイし始めて一週間くらいは経っているだろう。
 街の中はざわざわとした喧騒に包まれ、活気に満ちていた。遠くに見える城まで大通りが伸びており、街路を挟んで商店街のように露店が開かれている。
 マップの位置情報が更新され、この街の詳細を引き出すことができるようになった。
「この街を中心とした領土を統治しているのは《高天原(セレスティア)》というギルドだそうだな」
「城主ギルドってやつだね。《高天原》の他には《陽炎騎士団(ミラージュナイツ)》《淑女の社交場(ソーシャルレディ)》《無敵艦隊(アルマダ)》《栄光賛歌(グロリア)》だったかな。全部で五つしかないらしいよ」
「下調べしてきたのか?」
「軽くだけどね。レベル10までなら他の領土への無料転送が使えるらしいよ。だいたいの人は、その間にどこをホームグラウンドにするか決めるんだってさ」
「レベル10か。まだまだ先の話になりそうだな。大抵の初心者は、まずこのランフィードを訪れるだろうから、しばらくこの街を拠点にして仲間を探すというのはどうだ?」
「名案だね」
 作成資金や上限人数などの面で敷居の高い〈ギルド〉という枠組はなくとも、中等部の生徒たちの間で独自のコミュニティは形成されるはずだ。
 今後の予定を立てながら大通りに沿って歩いていく。
 それにしても――……と、私は隣を歩く篁の横顔を覗き見た。
 小学生の頃の私たちはクラスが違ったし、万が一にも私にいじめの矛先が向くのを恐れた篁が、極力一緒にいるところを見られない方がいいと言ったので、篁が図書委員の当番である日に人目を忍んで会うしかできなかった。だけどこれからは、こうして毎日自由に会える。そんなことが、堪らなく嬉しい。
 意識しだすと、妙な緊張感が湧き上がってきた。
 ――二人して並んで街を歩くとか……なんだか……アレみたいじゃないか。
 篁はどんな風に思っているだろう。ゲームに夢中で、そんなことまで考えていないだろうか。私が意識しているだけか。
 別に、篁とどういう関係になりたいとか、そんなことは期待していない。
 一緒にいられる時間が増えた。
 それだけでいい。
 それだけでも、今は十分に幸せだから。
 ――少しずつ、な。
 
 しかし、私は直後に思い知る。
 この時が幸せの最高潮であり、そして……最期なのだと。
         


          



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スクールライブ・オンライン2
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