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スクールライブ・オンライン Episode智早【8】


 一週間が経った――。
 あれから篁(たかむら)とは一度も会っていない。メールもしていない。
 この数日、食事もろくに喉を通らない。私はこんなにもメンタルの弱い人間だったのかと思い知らされ、さらに落ち込んでしまう。
 そういえば、三谷(みたに)としていたあの約束を、篁はどうしただろう。
 篁の言っていた一週間とは、三谷との約束を果たすための時間だったのか。だとしたら、結局篁一人でやらせてしまったことになる。それを考えると、また少し気が沈んだ。
 私は寮の自室で、特に目的もなくPCを立ち上げた。PCに触れるのも久しぶりだ。
 受信箱には、ずいぶんとメールが貯まっている。そのほとんどは、学園から新入生への連絡事項だったが、その内の一つに八千房(やちふさ)先輩からのメールも届いていた。
 日付は一週間前、勧誘された日の晩だ。
 返事もせずに、申し訳ないことをしたと反省する。一応メールをチェックしようとしたその時、当の八千房先輩から私のPC宛てに〈着信〉がきた。
 とりあえず謝っておこうと思い、〈通話〉を選択する。
『ハロー、智早(ちはや)ちゃん。元気してる?』
 体は正常だが、元気はない。
「御無沙汰しています。すみません。メールが届いていたのは気づきましたが、ちょっと忙しくて、これから目を通そうと思っていたところです」
『あ、そうなの? 気にしなくていいわよ。智早ちゃんのメンバー枠は、ちゃんと残してあるから。いつ頃入るのか気になっただけ』
 変に思った。私が加入を渋っていたのは知っているはずなのに、八千房先輩の言い方では、私がギルドに入ることが決定しているように聞こえる。
「すみません。その話なんですが、私と篁はお断りしようと」
 八千房先輩との通話が終わったら、篁に連絡を入れよう。
 早くも思考を別に移し始めた矢先、八千房先輩から驚くべき内容を聞かされる。
『またまたー、何言ってるのよ。篁君はとっくにウチのギルドに入ってるじゃない』
「………………え?」

 モウ、ハイッテル?

「……いつから……ですか?」
『え、まさか知らなかったの? えっと、君たちと会った翌日には返事くれたから、それからすぐによ。智早ちゃんは、少し後になるって篁君から聞いてるけど』
 知らない。何も聞いていない。
『えと……もしかして、二人は喧嘩中だったりとか……』
「最近、少しタイミングが合わなかったもので」
『そ、そっか、ならいいんだけど』
「篁は他に何か言っていましたか?」
『んー、なんか訳ありみたいだし、これ言っちゃってもいいのかしら』
「知っていることは全て教えてください」
『……篁君、今日誰かと待ち合わせしてるって言ってたわ。あの子にしては、ちょっと怖い顔で』
 私は半ば気が動転しながらヘッドマウントディスプレイを手に取った。しばらく使っていなかったせいで埃が溜まっている。
「八千房先輩、今から3Rにログインするので、ゲーム内でも通話させてもらっていいでしょうか」
 了承をもらい、ヘッドマウントディスプレイを装着。電源を入れ、IDとパスワードを入力。……ローディングが異様に長く感じる。早く、早くしてくれ。
 ログインが完了すると、そこはランフィードの街中だった。最後に立っていた場所だ。
 すかさず篁のログイン状況を確認する。
 ――ログインしている。場所は……〈ランフィード第一訓練所〉? どこだそれは。
「八千房先輩、今さらですが、教えてください」
『何かしら?』
「八千房先輩のギルド……篁が入ったギルドは、なんという名前なんですか?」
 予想はできた。
 普通は、他人の面倒なんて見てる暇があったら、自分のレベル上げに力を入れる。
 レベルと地位が何より大事。
 そう言っておきながら、八千房先輩が「それはもういいの」と口にした意味。
 その答えを、八千房先輩はもったいぶることなく答えた。
「《高天原(セレスティア)》よ」
 この地、ランフィードを統治する城主ギルドじゃないか。
 八千房先輩は普通の生徒じゃない。とっくに頂上にいる。
 レベルも地位も、全てを手に入れている。だから「もういい」なんだ。
 もうレベル上げにこだわる必要がないから、私たちのように、これから現役となる世代を育成し、卒業後の自分たちの地位を盤石にすることを考えた。
「もう一つ教えてください。《栄光賛歌(グロリア)》というギルドがありますよね? 3Rでは、どの程度の格付けなんですか?」
『《栄光賛歌》? そりゃあ城主ギルドだもの。誰に聞いても力のある大手ギルドだって答えるわよ』
 当然か。しかし八千房先輩は続けた。
『ただ、《栄光賛歌》が統治してる領土は頻繁に城主が変わるのよね。多分、来期の攻城戦では他のギルドに城を獲られちゃうんじゃないかしら。前期、城を獲るために財力を使い果たしちゃった感があるし』
「なら、《高天原》と《栄光賛歌》、どちらが力のあるギルドですか?」
『智早ちゃん、その質問は少し勉強不足ね。といっても、あたしもあんまり自分のギルドを持ち上げるのって好きじゃないんだけど』
 それだけ聞けば、あとは聞かなくてもわかる。
『《栄光賛歌》程度じゃ相手にもならないわね。《高天原》の足元にも及ばないわ』
 レベルと地位が何より大事などという考えには賛同できないと言った私の意見に対し、篁は言った。
 レベルも地位も低いせいで大事な人を危険にさらしたり、守れなかったりするくらいなら、僕はそれを望むかもしれない。
 篁は望んでしまったんだろう。
 そして――手に入れた。
「八千房先輩、ランフィード第一訓練所というのはどこにありますか」
 手に入れた力で、篁は何をするつもりなのか。
 嫌な予感を押し殺し、私はランフィードの街を走った。

          ◇

 息急き切らせて辿り着いた場所は、ランフィード城の地下にある衛兵の訓練所だった。煉瓦を敷き詰めた立方体の空間。地下だけあって窓はなく、壁にかかった蝋燭の灯りだけが光源となっている。地上へ延びる階段から流れてくる風が灯りを揺らし、そこにいる者の影を不気味に蠢かす。その様は幽幽としており、訓練所というより牢獄を思わせた。
 ここではプレイヤーが、NPCを相手に模擬戦闘ができるらしい。また、プレイヤー同士の決闘場としても用いられる。
「やあ、智早。そろそろ来ると思ってたよ」
「よう瀧、ゲロむらに決闘を申し込まれたんだけど、これって何よ?」
 この場にいた二人は訓練所の中央で既に対峙していた。三谷は以前にも見た銀色の甲冑を身に纏っている。しかし一方の篁は装備らしい装備を何も身に着けていない。
「つか、ゲロむら、クエストちゃんとやってたのか。約束の一週間、昨日で過ぎてんぞ」
「クエスト? なんのことだっけ?」
「ああー、わかった。お前、ナメてんだろ。そんなにいじめられ足りねえのか」
 この場には私たち以外に誰もいない。三谷は自分を偽ることなく、感情のままに憤ってみせた。それなのに 篁は静かに微笑んでいるようにも見える。
「智早はそこで見ていてよ」
 私は観戦者として扱われ、薄い膜が張られているかのように、一定距離から二人に近づくことができなくなった。決闘を邪魔させないためのゲームシステムか。
「篁、何をするつもりだ」
「見たまま決闘だよ。彼は少しやりすぎたからね。懲らしめてやろうと思って」
「い・ち・い・ち、癇に障る奴だな」
「時間は無制限。どちらかのHPが0になるまで戦うデスマッチ制でいいよね?」
「ああ、いいぜ。お望みどおりいじめてやるよ」
 止めなければいけない。このままでは何か良くないことが起こる。
 それは確信に近い予感だった。
「勝敗に何か賭けようかとも思ったけど、やめておくよ。これは教育でもあるからね」
「教育してやるのは俺だよ。俺に逆らったらどうなるか、しっかり教えてやるよ」
 篁が宙に浮かんだコントロールパネルを指先で操作した。同じように、三谷も宙に指をかざした。すると二人を結ぶ中空に30のカウントダウンが表示された。「篁、やめろ! その先へ行ってはダメだ!」
 懸命に叫び続けるが、それでもカウントは進む。
「おい、さっさと装備を出せよ。もったいつけてんじゃねえぞ」
「もったいつけたくもなるさ。君には存分に驚いてもらいたかったからね」
 カウント15を切ったところで篁が指を弾き、ようやくアイテムウインドウを出現させた。
「智早、僕は誰よりも強くなるよ。僕は《騎士(ナイト)》だ。僕が智早を守るんだ」
 そう宣言した篁の全身が、三谷と同じく銀色に覆われていく。
 しかし、その外見はまるで違った。あの形状がリアルに存在するでもしない限り、実際の耐久性などは測りようがないが、ゲームとして考えるなら、二人の装備、どちらが格上なのかは火を見るより明らかだった。
 三谷が装備しているような量産型の甲冑ではなく、肩や肘に鋭角なフォルムが形成され、心臓や腹部に真紅の宝石があしらわれている。機能性以上に力の象徴として魅せることに特化したデザインかもしれないが、一目見ただけで惹きつけるその勇姿は、まさに騎士と呼ぶに相応しい出で立ちだった。
 最後に一本の煌びやかな剣が篁の右手に収まり、武装を完了した。
「盾は必要ないかな。――じゃあ、始めようか」
 そしてカウントが0に。
「な、なんだそれ。どうせ見せかけだろ。そんなもん、ただのハッタリだ!」
 勝負開始と同時、三谷は手にした剣にMPを込めていった。刀身が発光していく。
「ハッタリか。そうかもしれないね。試しなよ」
「ッラアアア! これはレベル7に上がった時に覚えたスキルだぜ!」
「知ってるよ。ナイトが育成の序盤で一番多用するスキルだ」
 一撃で篁の胴体を両断せんと、三谷が剣を右肩に担ぐようにして振り被った。
 対する篁の剣もまた、三谷のものと同じように発光し、同じように右肩に担いだ。
「ちょっとレベルが上がって自信ついちゃったかよ? 残念だったな。俺はこの一週間で、レベル10にまで上がってんだよ!」
「へえ、頑張ってるんだね。まあ僕は――レベル20になったけど」
「それもハッタリだろうが!」
 互いに防御は頭になく、放たれる一撃は、ナイト同士の同じスキル。
 しかも、まったく同じフォーム。まったく同じ太刀筋。あれでは剣と剣が衝突する。
 耳をつんざく金属音が大きく反響し、閃光がこの部屋の隅々まで照らし出した。
「――――んなッ!?」
 三谷が驚愕に目を剥いた。
 互いの剣が弾かれたのではない。競り合ってもいない。
 剣を弾き飛ばされ、尻もちをついたのは三谷だけで、篁は楽に剣を振り抜いていた。
 同職業だからこそ、この結果だけで一目瞭然。
 ――篁の攻撃力は、三谷のそれを圧倒的に上回っている。
「やっぱり同じスキルでも、レベルと武器が違えば威力にかなりの差が出るんだね」
「ほ、本当に……レベル20だってのか……」
「そんな嘘ついてどうするのさ」
「でも、だって、一週間でか!? ありえねえッ!」
 信じがたい事実を前に、三谷の声が上ずっている。私だって信じられない。
「〈壁〉っていう育成法らしいよ」
「か、壁?」
「高レベルの盾職が敵のターゲットを固定し続け、被育成者はひたすら攻撃に専念する。他の支援者が支援魔法をかけてくれたり、敵の耐久力を下げてくれたりして効率を上げる。経験値の公平分配が設定されていなければ、獲得経験値は敵に与えたダメージ量に応じて配布されるから、被育成者が経験値を総取りできる」
「な、なんだよ、そのVIP育成。無茶苦茶だ!」
「うん、無茶苦茶だね。僕自身、そう思ったよ。だけどその無茶苦茶を、僕はこれからも続けていく。ざっと計算したところ、高等部に上がる頃にはレベル60を超える。高等部の三年生――僕が《高天原》のギルドマスターになる頃には、レベル80に届くだろうね」
「……《高天原》って……なんだよ。なんで城主ギルドの名前が出てくるんだ」
「察しが悪いね。君はそこまで馬鹿なのかい?」
「いや……でも、そんな……バカな話があるかよッ! なんで城主ギルドが、ギルドメンバーでもない奴のレベル上げを手伝うんだよ!」
「ギルドメンバーさ。僕は城主ギルド《高天原》に所属している」
「は、はあ? ありえねえ。中等部のうちからギルドに……しかも城主ギルドとか……」
「君の言葉を借りるなら、僕は勝ち組っていうのかな?」
「……な、何する気だよ。まさか……俺に今までの仕返しをしようってのか?」
「まずは、お礼を言っておこうかな」
「は? お礼?」
「君のおかげでわかったんだよ。というか、思い知ったんだ。綺麗事をいくら望んでも叶わないことだってある。綺麗事を望んでいるうちに、大切なものを奪われてしまうことだってある。奪われないためには、自分が強くなるしかない。敵を圧倒する力を手に入れるしかない。これが、僕が栄臨学園に入学して最初に学んだ現実の理だよ」
「ま、待とうぜ。話し合いでも解決できるんじゃねえかな」
「本当にそうであってくれたなら、こんなことにはならなかったのにね」
 辛そうに、篁はそれを口にした。
 そしてそれが、対等な人として三谷に掛ける、篁の最期の言葉だった。
「じゃ、教育を始めようか」
         


          



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スクールライブ・オンライン (このライトノベルがすごい! 文庫)スクールライブ・オンライン
著者:木野 裕喜
出版:宝島社
(2013-06-10)





無題
スクールライブ・オンライン2
著者:木野 裕喜
出版:宝島社
(2013-11-9)
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