特別短編タイトル10










《1》

 耳を塞ぎたくなるような衝撃音が二度響いた。一度目は乱暴にドアを開ける音で、二度目は乱暴な手段で開けたドアが壁にぶつかって跳ね返った音だ。
 こんな方法でこの部屋に入ってくる知り合いは一人しかいない。
「ハーイ! あなたの恋人トットポップちゃんでーす! おひさねー!」
 テンションの高さが鬱陶しくもわずらわしい。
 ロングTシャツに武骨なギターという組み合わせで全体に髑髏モチーフを散らし、唇のピアスをきらりと光らせ、「舞台メイクはスターとして当然」とうそぶいて魔法少女の癖にバッチリと化粧まで決め、パンクロッカーらしさを追求している。
「知ってるよ……自己紹介しなくても嫌ってくらい知ってるよ……」
「どしたのキークちゃん。元気ないねー。姉弟子として相談にのったげるね」
「姉弟子ってなによ」
「ああ、ごめん。これはトップシークレットだったね。聞かなかったことにしといて」
 ――クソ、相変わらず意味がわからない……そしてうざい……。
 キークは椅子を回転させて振り返った。あからさまなため息を浴びせてやったが、トットポップは怯みもせず、当然のように遠慮もしない。許可も得ず傍らのパイプ椅子を引き寄せて座り、ギターをスチール机に立てかけた。
「あのね。今こっちは忙しいの」
「大丈夫大丈夫、こっちは暇だから」
「大丈夫じゃねーから。一人で勝手に暇しててくれよ」
「そんな邪険にしないでよ。用事が済んだらすぐにいなくなるからね」
 眼鏡のズレを右手で直そうとしたが、白衣の袖が長いせいで右手の指が出ていなかった。
「本当勘弁してよ……なんだかんだであんたの話いっつも長いんだよ……」
「それは仕方ないね。キークちゃんとお話ししてると楽しいからね」
 ぐっと言葉に詰まった。二度三度と咳払いをして誤魔化す。ダメだ。受け入れてはいけない。こいつはこうやって自分のペースに持っていく。
「キークちゃんってばほっぺた赤くなってるう~」
「え、嘘」
「うん、嘘。いえーい、引っかかった~」
「お前は……本当に……お前はぁぁぁ!」
 椅子を弾いて立ち上がった。弾かれた椅子はキャスターにより部屋の隅まで転がっていき、部屋の中の埃が舞い上がった。
 肩を震わせ、今度こそ顔を赤くしてトットポップを睨みつけ、睨みつけられた側は蛙の面になんとやらといった体で平然としている。それどころか笑顔を浮かべてさえいる。
 顔を見ていたら力が抜けた。座ろうとしたが椅子が無い。
「あんたってやつは……本当にもう……」
「本当にもう?」
「いいよ、もう。用事ってなに?」
「管理部門の偉い人に知り合いいない?」
「いない」
「じゃあ知り合いの知り合いは?」
「いなくもないけど……」
「紹介して」
「はあ?」
「プリーズヘルプミー!」
 偉い人の知り合いはそれなりにいる。なぜならキーク自身がそこそこ偉い人に該当するためだ。トットポップの態度が偉い人に対するものでないのは、今更なんといおうと改めることはないだろうから諦めている。
 管理部門の偉い人の知り合いの知り合いくらいなら紹介できる。だが管理部門の責任者は音に聞こえた魔法少女嫌いではなかっただろうか。そんな人物であれば、トットポップのことを叱りつけてくれるかもしれない。それで少しは反省すべきだ。
「よし、教えてやる。有り難く思うようにね」
「あーりがと! キークちゃん愛してる! ちゅっちゅ!」
「うぜえ! やめろ! 涎つけんな!」

◇◇◇

 曼荼羅のような極彩色に光る魔法陣がいくつも浮かび、それ以外は闇一色という部屋の中で老人と少女が向かい合って座っていた。
 老人は革張りの椅子の上でふんぞり返り、いかにも機嫌悪そうに少女を睨みつけている。足元まで隠す長いローブ、長く白い顎鬚、捩じくれまがった大仰な杖、これらの特徴全てが魔法使いであることを示していた。
 少女はごついギターを膝の上に置いていた。シャツとパンツには鋲とベルトをふんだんに用い、髪飾りはトラバサミ型という攻撃的なスタイルで、魔法使いというよりはミュージシャン、ギタリストあたりが呼称として相応しい。眉間に深く皺を寄せる老人とは対照的に、なにがおかしいのか無暗ににこにこと笑顔を浮かべている。
 老人は聞えよがしに舌打ちをした。
「オスク師の紹介と聞いて会ってやったら……まさか魔法少女とはな」
 低くぼそぼそとした声だ。老人は独り言ともとれる口ぶりで呟いた。
「わしは貴様ら魔法少女が嫌いだ」
「またまたそんなこと」
「ここまで追いやられたのは全て貴様らと貴様らを生み出した俗物輩のせいだ。魔法少女のことを憎んでいるといっていいだろう……」
 少女の相槌にも全く反応を見せない。いよいよもって独り言の様相を呈してきた。
「貴様なんぞ本来ならこの部屋に入れることさえなかった。魔法少女ごときが増長し、魔法使いの一人にでもなったつもり勘違いしている。いったい何様のつもりだ」
 老人は右手の杖で部屋の入口を指し示した。杖の先は震えている。恐怖で震えているのではない。怒りと加齢によって震えている。老人の声はいよいよ低く、聞き取り難くなる。
「出ていけ。これ以上話すことはない」
「まあまあ。話すことはないなんていわないの」
 怯えるでもなく、怒るでもなく、少女は笑顔を崩さないまま両掌を老人に見せた。

(三十分後)

「わしはいってやった。そのような不正を働くことにより、当座の利益を得ることができても信用を損なう。それこそが『魔法の国』にとって最も恐るべき事態ではないのかと」
「おお、すげえね。男気溢れまくりね」
「だが正しい方が勝つとは限らぬのがこの世界よ。やつめは地位を利用して徐々にこちらの味方を切り崩していき、最後となった会議では既にわしの周りは敵のみになっていた」
「マジで! ひでえ!」
「それによりわしは所長の地位を追われてしまった。魔法少女管理部門などという辺境に追いやられ、もはや強化魔法の研究とは縁遠い……」
「でもいいこともあったね」
「いいことなんぞあるものか」
「こんなに可愛いトットポップちゃんとお知り合いになれたじゃない」
「……ふん、馬鹿馬鹿しい」
 老人は杖を支えにして背を曲げた。口ぶりほど不愉快でないのは自分自身が知っている。
「そういえば、貴様はなぜここへ来たんだったかな」
「マジカルデイジーの現住所を教えてもらいに来たのね」
 老人は数語の呪文を唱え、杖を小さく振るう。突如空中に発生した紙切れがひらりひらりと宙に舞い、慌てて差し出した少女の掌に受け止められた。
「住所はそこに記してある。持っていけ」
「素晴らしいね!」
「ふん。勘違いするなよ。正規の手続きを踏んだから教えてやっただけのことだ」
「サンキュー! 恩に着るよ!」
 少女の姿が部屋の中から掻き消え、老人は背と膝を伸ばして椅子の背に寄りかかった。
 正規の手続きを踏んでいたのは事実だ。だがそれでも魔法少女相手に話してやるつもりはなかった。老人は魔法少女が嫌いだった。一段低い存在として見下していた。
 なのになぜか話をしていた。全く必要のない無駄話だった。久しぶりの無駄話に興じた後は、不思議と住所を教えてやってもいいかという気になっていた。魔法少女への恨みも差別意識も薄らいでいた。
 魔法を使われたわけではない、と思う。ではなぜだろう。この短時間でここまで考えが変わってしまった理由がわからない。老人は魔法陣に照らされながら顎鬚を撫でつけた。

《つづく》

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