特別短編タイトル10










《3》

 ブーツの踵を床に打ちつけた。二人の魔法少女以外は誰もいない廃墟だけに、音が響く。
 ファヴがこちらに話を回した理由が透けて見えた。あの電子妖精は好きなことは進んでやるが、面倒なことは極力避ける。
「ファヴは確かにいってたのね。マジカルデイジーオープニングテーマの作詞作曲をやったのは森の音楽家クラムベリーだって。自分がやったという名目になってるけど、名前を出しただけで仕事は全部クラムベリーに丸投げしたんだって」
 クラムベリーは苦笑し、肩の薔薇が揺れた。金色の花粉が散り、消える。
「確かにそういった仕事もやらせていただきました」
「おお! 素晴らしいね! 伊達に音楽家なんて名乗ってないね!」
 窓から外を見ると雪がちらついている。背の高い杉の天辺が薄ら白い。延々と続く杉の林全てが、ほとなく雪化粧に覆われてしまうだろう。
 騒がしい客は好みではない。二人以外は誰もいない寒々しい山奥の廃墟でのことである。クラムベリーが得意とする暴力的手段で口を封じれば早い、と考えかけ、すぐに思い直した。管理部門からここまで辿ってきたというなら、行方不明になってはまずいことになる。
 つまりは、不本意ながら話し合いでさよならするしかない。
 ――こういうことこそファヴの仕事でしょうにねえ。
 クラムベリーは窓から視線を外した。内心を押し隠し、にこやかな笑顔を崩すことなくトットポップに向き直り、期待に胸を膨らませたその表情に若干鼻白んだ。

(三十分後)

「ほう。そういった魔法少女もいるんですね」
「うちの師匠がスカウトやってるんで変な魔法少女の話は事欠かないのね」
「風変りな魔法少女というと一家全員魔法少女に変身したということがありました」
「うっへえ。すげえね。それどういうことだったの?」

(一時間後)

「遠距離系をある種完成させたといっても過言ではないといわれてましたね」
「でも結局オールラウンダーの究極がそれ以上ってことになっちゃわない?」
「集団運用した時を想定しての評価ですので個人の実力のみを測るべきではない、というような結論を出していたようですが、私の考えは少々違います」
「それはつまりどういうことね?」

(二時間後)

「理論上の汎用性を煮詰めた結果が『全能』なのでしょうね」
「ええー、でもそれちょっと納得いかないのね」
「どういうところが納得いきませんか?」
「だってそんなの戦ってもつまんないじゃない」
「そう、それですよ。詰まるところ我々がなにを求めているのかというと――」
「ちょっと待つぽん」
 魔法の端末が声を出した、わけではない。画面上に浮かび上がった白と黒の球体……電子妖精のファヴだ。付き合いの長いクラムベリーにはファヴの出す合成音声からも機嫌の良し悪しを推し量ることができる。今のファヴは機嫌が悪い。
「どうしましたファヴ? なにか問題でも」
「いつまでくっちゃべってるつもりぽん?」
「別にいつまでというものではないでしょう」
「そうそう、お話が盛り上がればそれだけ時間が必要になるものね」
「女の長話ってやつは本当に本当に度し難いぽん……」
 次から次に話題を変えつつ、話題の一つ一つが興味深かったため話しこんでしまった。今魔法の端末に表示されている時間が正しければ、話し始めてから二時間は経過している。
 女の長話云々とこき下ろされたが、クラムベリーは話すことが好きなタイプではない。身体を動かす方が好みだ。それがあれよあれよという間に付き合わされてしまった。クラムベリーの話したい方向に誘導され、しかも相手は知識が豊富ときている。
「じゃあ仕方ないですよね」
「なにが仕方ないぽん」
「そうそう、仕方ない仕方ないね」
「あんたはちょっと黙っててくれぽん。ほら、さっさと魔法の端末出して」
 赤い光が明滅し、ファヴは手早くデータの転送を済ませた。
「クラムベリーは忙しいからバンド活動も音楽活動もできないぽん。そういうなんとか活動に付き合えそうな魔法少女について転送したからそこを訪ねるといいぽん」
「でもクラムベリー氏と一緒に音楽やるのがいいなって思うのね」
「うっせえぽん! さっさと帰れっていってるぽん!」
 やり合う二人を横目に、クラムベリーは顎先に指を当て、トットポップとともに歌ったり踊ったりする自分を想像してみた。意外と悪くない、と思えたことに驚いた。

◇◇◇

 密談というものは自然と声が低くなるものだ。場所がS市郊外にあるボロアパート、話している者が反体制派のメンバーで、話している内容が資金集めのための銀行強盗などということになれば、声はより低く、より小さくなる。
「金を奪い、すぐに逃げる」
「シンプルでわかりやすいね」
「車は使う?」
「魔法少女なんだから走った方がいいでしょ」
 私物で散らかった狭い部屋の中で小さな木製テーブルを囲み、魔法少女四人が額を突き合わせて相談をしている。本人達は「反体制派っぽいアウトローな感じ」を目指していたが、それぞれ魔法少女のコスチュームを身に着けていることもあり、どこかしらズレている。壁に立てかけられた角棒と重ねられたヘルメットが妙に浮いていた。
 ただし全員ガスマスクを着用しているというその一事のみで「反体制派っぽいアウトローな感じ」は達成できていたといっていいだろう。話しにくく、聞き取りづらく、室内での密談に適した装備ではなかったが、反体制派はなにより雰囲気を重要視する。
「その銀行と『魔法の国』との繋がりは確かなものなんだよね?」
「それはもう当然。調べはきちんとついてるよ」
「ただの資金稼ぎでは終わらないってところがいいじゃない」
「それは具体的な手順なんだけど」
 より深い部分の相談をしようという時に玄関のブザーが鳴った。全員が部屋の壁に据え付けられたモニターに目を移すと、そこには少女が立っていた。ギターを抱えたその姿は一見パンクロッカーかなにかのようでもある。
「……誰?」
「魔法少女、だよね」
「誰かの知り合い?」
「知らへんよ」
「ひょっとして『魔法の国』が捜査官でも寄越した……とか?」
「いや、これは息の根を止めるための刺客という可能性も」
 全員黙りこくってモニターを眺めた。刺客か捜査官かと疑われていることなど露知らず、画面の中では少女が和やかな笑みを見せていた。
 ガスマスクの少女達は顔を見合わせた。
「怪しい……」
「ヤバイね」
「とりあえず逃げておいた方がいいんじゃないの」
「それに賛成して――」
 耳を塞ぎたくなるような衝撃音が二度響いた。一度目は乱暴にドアを開ける音で、二度目は乱暴な手段で開けたドアが壁にぶつかって跳ね返った音だ。
慌てて身構えながらドアの方を向くと、そこにはギターを掲げた少女が立っていた。
「ハーイ! 皆の友達トットポップちゃんでーす! 一緒にバンドやろう! ね!」

(三十分後)

 ベッドの上に立ったトットポップが天井に向かって拳を突き上げ、四人のガスマスク少女がそれに続いた。
「成功させるね! 銀行強盗! 魔法の国に革命を!」
「おおー!」
「やったるぞー!」
「ついていきますリーダー!」
「トットポップばんざーい! レジスタンスに栄光あれー!」
 
《おわり》

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