特別短編タイトル11










《1》

 魔王パム調査班は、今まで誰も成し遂げた者がいない「魔王退治」を成功させるべく結成された。ただしその真なる目的は、首謀者である電子妖精ファヴ以外知る者はいない。
 ファヴにはお気に入りの魔法少女「クラムベリー」を魔法少女試験の試験官に就かせるという大願があり、それを成就するための「魔王退治」だった。
 魔法少女試験の試験官は、通常ベテランの魔法少女が務める。才気に溢れるだけでは、新人が試験官を務めることはない。ファヴには新たな試験官を推薦をすることはできたが、新人を推薦したところでその意見が掬い上げられることはまず無いだろう。新人が試験官になるという横紙破りを果たすためには、相応の殊勲が必要になる。
 その殊勲が「魔王退治」だ。退治といっても殺害や勝利が目的ではない。一撃入れればそれでいい。
 魔王パムは強者として名高く、百や二百ではきかないとされる武功を誇り、その強さに惹かれて彼女の元に集った魔法少女達を指導鞭撻し、さらなる高みへ導いていた。
 その集団は通称「魔王塾」と呼ばれ、強さを求める魔法少女ならまずそこへ向かうべしとされている。私的な集いでありながら、ある種の独立した共同体と化し、上層部には「武力を一箇所に集めていいものか」と危険視する者もいたが、パムの所属している外交部門が「サークル活動なので問題無し!」と片付けていたため、それ以上口を挟まれることもなく、今日も彼女達は強さを追い求めて青春を謳歌している。
 魔王塾の卒業方法は二つある。
 一つは塾長である魔王パムに認められること。
 もう一つは魔王パムに一撃入れること。
 このどちらかを果たせば晴れて卒業となり、魔王塾卒業生としての栄誉を胸に、引く手数多の売り手市場に参入、専業魔法少女としてサラリーをもらう身分を獲得するのだ。
 魔王塾が今の形をとるようになり、既に十人以上の卒業生が出ている。だが「魔王パムに一撃を入れる」という卒業条件を満たした魔法少女は一人もいない。卒業生は全員「パムに認められた者」だ。言い方を変えれば、魔王を打倒できなかった者……魔王パムという圧倒的な壁を前にし、諦念して首を垂れてきた生徒達だ。
 ファヴは「クラムベリーならばひょっとして」と考えている。彼女の生存能力、身体能力、魔法、全てを駆使すれば魔王パムに一撃を入れて卒業することができるのではないか。
 そのためにコネを使って魔王塾にクラムベリーを送りこんだ。真面目に励み、魔王パムに認められるのを待って卒業してもらいたいわけでは勿論ない。ファヴは無駄に待つのも待たされるのも大嫌いだ。クラムベリーには可能な限り早く試験官になってもらいたい。試験官になってもらわねば目をかけた意味が無いのだ。試験官になってもらうためのバックアップは惜しまない。
 そこで間諜を潜りこませた。電子妖精タイプのマスコットキャラクターは、魔法による疑似人格を与えられてはいても生命を持っているわけではない。呼吸もせず、鼓動も無く、体温も発汗も持たず、空気を揺らがせることさえない。
 ファヴはマスター用の上級マスコットキャラクターであるため管理者用端末から動くことができない。だがそれだけに権限は多い。FAシリーズを筆頭とした電子妖精タイプのマスコットキャラクターに対し、外から呼びかけて動かすことができる。ある者は握った弱みで脅し、ある者は以前着せた恩義を理由に、ある者は報酬を餌に、コネクションを総動員して魔王パムに師事する魔法少女達の魔法の端末に電子妖精を送りこんだ。

◇◇◇

 ファヴは魔法少女を神聖視しない。連中はどこまでも人間臭い。非人間的な自己犠牲の心を持っているように見えることがあったとしても、その実、内面では自分がいかに格好良く見えているか気にしていたりする。
 最強の戦士、生きる伝説、大量破壊が可能な魔法少女とおだてられ、祭り上げられた魔王パムであっても元はただの人間だ。汚職のようなストレートな秘密でなかったとしても、恥ずかしい趣味を持っていたり、特殊な性癖があったり、過去に卑怯な振る舞いをしたことがあったり、違法な収集物があったりするはずだ。万が一、叩いても埃が出ないようならこっそりと埃を仕込む。捜査対象の鞄に麻薬を投げ入れてから職務質問をする悪徳警官のやり口は見習うべきところだ。
 今ここに、ファヴの領域である管理者用端末の中に、ファイルが一つ保存されていうる。調査班によって調べ上げられた魔王パムの全てが収められている、ということになっている動画ファイルだ。
 ファヴは端末の奥深くに潜り、動画を再生させた。気の抜けるようなファンファーレとともに青空に朝日が射し、赤色の太いフォントで「魔王パムと愉快な仲間達」という文字が浮かび上がり、画面が暗転した。
 ――なにこれ?
 ストーリー仕立てにでもなっているのだろうか。勿論そんな発注をした覚えは無いので、製作者側が自発的にサービスしてくれたということだろう。過剰なサービスを目指すあまり本来の目的を見失うマスコットキャラクターはわりと多い。
 画面が切り替わり、ファヴは気を引き締めた。ここから先は塵一つとして見逃せない。
 画面に一人の魔法少女が映し出された。
 極端に布地の薄いビキニタイプのコスチューム。四枚の羽を周囲に浮遊させ、頭には黒い角が二本生えている。魔王パムだ。アングルが下からなので表情がわからない。そもそも現状どういうことになっているのかよくわからない。以前から異常に扇情的なコスチュームだとは思っていたが、このアングルだと一歩進むたびに胸が揺れ、見えてはならないものが見えそうになってしまう。「魔法の国」は品行方正を謳い文句にしながらこんな恰好の魔法少女を放置している。いいのかこんなことで、とファヴは人知れず憤った。
 画面が動いた。フレームが揺れ、像がブレる。なにをやっているのかわからず、激しい音と動きで酔いそうになる。叫び声、それにぶつかり合う音。【日課となる朝のおさんぽ魔王タイム。平穏極まるこの時間に何者かが乱入した】という合成音声が聞こえた。何事かと思ったがどうやらナレーションだったらしい。
 ナレーションは説明を続けた。
【研修期間満了を迎える前に魔王塾を卒業する方法は、魔王パムに一撃を与えること。その栄誉を勝ち得た卒業生は未だかつて存在しない】
 襲撃者は魔王パムによって蹴られ、殴られ、散々にのされて倒された。地に伏せた魔法少女を引きずり起こし、さらにパンパンと頬を張る。泣きそうな顔の相手に「ここはこうすべきだった」「ここが甘い」とダメ出しをしている。まるで鬼か悪魔のようだ。
 どうやらここは「魔法の国」の公園だったらしく、ローブを着た老人がベンチに腰掛け笑顔でこちらを見ていた。珍しくはないことなのだろう。魔王パムは「お騒がせしました」と老人に一礼し、泣きそうな顔の魔法少女の頭も下げさせた。
【ここからはより深く魔王の秘密を探っていこう】
 場面が変わった。

《つづく》

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