特別短編タイトル11










《2》

【外交部門の提出書類は規定の形式に沿って作らなければならない。それは魔王パムであっても例外ではない】
 魔王パムがノートパソコンに向かっている。どうやら今後の訓練計画について打ちこんでいるようだが、タイピングが覚束ない。左右の人差し指を一本ずつ立てて、一文字一文字打ちこんでいるが、それでも時折失敗して「ああ!」「そっちじゃない!」なんてことを叫んだり、「これどうやって消すんだろう」「元のページに戻す方法は……」なんてことで止まったりと一向に進まない。
 場面が変わった。
【魔法少女の改名はとかく面倒なものだ。だが魔王はそんなことを問題としない。魔王塾塾生として相応しい名前を与えることが重要だと考えているのだろう】
 なにかの文書に目を落としている。どうやら名簿のようだ。魔法少女らしき名前がずらずらと並んでいた。
 炎の湖フレイム・フレイミィ、闇の牙リミット、蒼龍パナース、花売り少女袋井魔莉華、双子星キューティーアルタイル、ときて最後にクラムベリーの名があった。
 魔王パムは、しばしの間、右手の鉛筆をくるくると回転させた。三十回転ほどでピタリと止め、クラムベリーの名前に「森の音楽家」と書き加え、満足げに頷いた。
 ファヴは慌てて魔法少女登録簿を検索した。そこには「クラムベリー」ではなく「森の音楽家クラムベリー」と記されている。変更された時間は数日前。魔王塾に入ってすぐだ。本当に変わっている。いったいなんの意味が。
 場面が変わった。

【ある程度地位の高い魔法少女は部下との連絡を密にしておかなければならない。そのために必要とされるのが五年前に開発された「魔法の端末」だ】
 会議室のような場所で、長机上の魔法の端末をじっと見下ろしていた。魔法の端末はけたたましいアラームを鳴らしている。魔王パムはそれを止めるでもなく、ただただ黙って見下ろし、「どうやれば止まるんだろう」と呟いた。
 そもそもどうやってアラームが鳴るような事態に陥ったのだろうか。
 場面が変わった。

【「魔法の端末」は職務に応じたアプリケーションを導入することで高い汎用性を得られる素晴らしいアイテムだ。だが一部の魔法少女は未だその存在に馴染めていない】
 魔王パムは長机上の魔法の端末をじっと見下ろしている。魔法の端末の画面には拳の形がくっきりと刻まれ、見事なまでに粉砕されていた。アラームはもう鳴っていない。もっとも、それ以外の機能もきっと失ってしまっただろう。
 場面が変わった。

【魔王塾の模擬戦は実戦さながらの形式を用いる。怪我人が出るのは当たり前という激しさだ。全ては「戦場でこそ強さが磨かれる」という魔王パムの哲学に基づく】
 今度は訓練の場面だ。荒野の中にぽつんと残った廃屋を使い、攻撃側と防御側にチーム分けをして模擬戦をしているようだ。火球が飛び交い、ビームが飛び交い、魔法少女本人が飛び交っている。
 かなり本格的な戦闘が繰り広げられ、魔王パムは少し離れた場所で腕を組んでそれを見ていたがどうも様子がおかしい。落ち着きがない。腕を組みかえたり、ため息を吐いたり、どこかそわそわとしている。落ち着き無い動きが頻繁になり、早さを増し、それが頂点に達した時、魔王パムは廃屋に向かって飛んだ。
 「私も混ぜろ」と叫んでいたのは恐らく気のせいではないだろう。
 場面が変わった。

【外交部門の提出書類はパソコン必須だが、他部門に直接提出するという形を取る始末書では手書きが許されている】
 書類に向かっている。新しい魔法の端末を請求するため書き物をしているようだ。名前や所属、その他の項目は埋まっていたが、壊れた理由の項目でペンが止まっていた。馬鹿正直に書く必要もなかろうに、とファヴは思った。
 結局手書きであっても困っていることに変わりはない。
 場面が変わった。

【魔王は常に明確な説明を要求するが、常に明確な説明ができる魔法少女の数は多くない】
 魔法の端末を片手にノートパソコンへ向かっている。どうやら新しい魔法の端末は無事に手元へ届いたらしい。
「急に変換されなくなった。いや、特になにもおかしなことはしていない。いつも通りに動かしていただけだ。きゃぷすろっく? もっとわかりやすく話せ。専門用語を使われても理解できない。あ、それと新しい魔法の端末の設定も頼む。緊急時の着信音は以前と同じものにしておいてくれ」
 電話相手の指示を受けているようだが、思ったようにいかないらしい。
 場面が変わった。

【余暇を利用して読書を楽しむ時であったとしても、魔王は仕事を忘れない。その勤勉さは見習いたいものだ】
 場所は私室だろうか。椅子に腰掛けて本を読んでいる。カメラは部屋の隅に聳え立つ大きな本棚を捉えた。人間世界の神話、伝承、物語といった本がずらりと並んでいる。次いで魔王パムが読んでいる本を捉える。聖書だ。オフの時間にも聖書を読むくらい信仰心が篤い、というわけではないらしい。「これは使えるな」「読みは後で考えるか」等と呟き、時折メモを取っていた。
 場面が変わった。

【魔王は常に明確な説明を要求するが、常に明確な説明ができるパソコンの数は多くない】
 画面が真緑色一色に染まり全く動かないノートパソコンの前で頭を抱えていた。とうとう壊してしまったようだ。
 場面が変わった。

【会議に参加することもある。魔法少女というだけで眉を顰める魔法使いも少なくない昨今、上役の受けは悪くないようだ】
 会議をやっているらしく、偉そうな顔が並んでいる。議長らしき老人が長々となにかを話していて、いかにも退屈そうだった。参加者の中に魔王パムはいない。ではどういう場面なのかと思っていると、湯気の立つティーカップをお盆にのせて部屋の中を歩き、参加者に配って回っていた。訓練時とはまるで違うおっとりとした笑顔を浮かべ、なるほどこうした表情は魔法少女のそれだ。やがて会議は採決に入り、魔王パムはお盆を持ったまま賛成に挙手をした。なんで会議の参加者が給仕役までしているのか。
 場面が変わった。

【ノートパソコンを失ったままでは仕事にならない。魔王は備品として新しいノートパソコンを手に入れるために実験施設へ赴いた】
 壁や扉を問わず、そこかしこに「secret」のシールがべたべたと貼りつけられ、培養槽で得体のしれない生物が蠢き、太いケーブルが幾本も伸びている。
 この独特な雰囲気は忘れようもない。この実験施設で日々新製品の開発が行われている。電子妖精タイプのマスコットキャラクターが生み出されたのもここだ。
 魔王パムは黒いドレスコートにカーキ色のマフラー、パナマ帽とサングラスという非常に胡散臭い出で立ちで、ずらりと並ぶ謎の術具を睨みつけていた。灰色の作業着に身を包んだ魔法少女がどこか誇らしげにそれらの説明をしている。
 始末書で正規品を手に入れることを諦め、知り合いに頼って実験施設の非正規品をわけてもらおうとしたらしい。だがより一層面倒なことになってはいないだろうか。
 場面が変わった。

【首尾よく目当ての品を手に入れて魔王が帰還した。これで明日からの仕事も万全にこなすことができるだろう】
 魔法陣の描かれたダンボール箱をバリバリと開封し、ボール紙のクズが舞い散っている。箱の中から現れたのはどう見ても電子レンジだった。
 ノートパソコンの代替品を貰いにいったのではなかったのか。本人は電子レンジの説明書を不思議そうな顔で読んでいる。どれだけ理解しているのかは微妙なところだ。

《つづく》

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