特別短編タイトル12










《2》

 香織を魔法少女「レイン・ポゥ」にしてくれたトコは、同時に様々なことを教えてくれた。戦い方も生き方も、外国語やテーブルマナーに至るまで、種々雑多でいつ必要になるのかもわからないことまで全てを叩きこんでくれた。
 だが「誰かと友達になる方法」はそこに無かった。
「わたしってさー。友達が必要だったことってないんだよね」
「トコってぼっちなの?」
「孤高なのよ、孤高の妖精。つるむ相手が必要ないの」
「でも同窓会には呼ばれなかったんだよね?」
「『良さそうな魔法少女候補を見つけたら絶対トコに見せるな』とか『トコが美味しそうな話持ってきても聞いちゃダメ』とか『トコは半径五メートル以内に近寄るな』とか、そういう誹謗中傷を受け続けてもくじけることなく頑張り続けたのがトコさんよ」
 その流れでなぜドヤ顔になるのかよくわからない。寂しい一人ぼっちなのではなく、孤高の嫌われ者であるといいたいのだろうか。
「というわけでレイン・ポゥは頑張って友達になってね。わたしはその間に他の子を見ておくから」
「頑張ってっていわれてもなあ」
 習いはしなかったが、友達を作ることができないわけではない。各種成績を調整し、クラス内での立ち位置を整え、羨ましがられず、妬まれず、馬鹿にされず、笑われず、それでいて空気にならず、自分も相手も不快にならないポジションにつく。人間関係についてなら師匠であるトコよりも上手くやってのけるという自信はあった。
「ええっと、名前は酒己達子……だっけ。一年生なんだよね? どこのクラスの子?」
 トコがおかしなものを見るような顔で香織を見返した。
「レイン・ポゥと同じクラスだから頼んだんだけど……」
「え? マジで?」
 マジだった。
 クラスの名簿を見るとしっかり「酒己達子」と名前がある。引きこもりの登校拒否というわけでもない。きちんと授業を受けているし、行事にも参加している。
 香織はクラス内で快適に過ごすための努力を惜しまなかった。クラス内の人間関係をきちんと把握し、誰が誰に対してどんな感情を抱いているのか知った上で友人を作った。だからクラス内の人間は男子女子ともに名前を知らない者がいないわけがない……はずだった。
 授業中、休み時間、達子は常に一人でいる。中学校で友人という存在は生活のための滑油となる。一人でいれば周囲から浮き上がり、そこから疎まれたり嫌われたり馬鹿にされたりし、いじめに発展していくということが少なくない。
 達子は一人でいる。だがけして浮いていない。トコのように嫌われ者だろうと、孤高を気取っていようと、純粋にコミュニケーションスキルが劣っていようと、一人でいれば目立つ。浮く。自分の位置取りを気にしている香織が気づかないわけがない。
 なのに気づかせなかった。浮く浮かない以前に気配を殺している。
 見た目パッとしない。髪は梳き方が足りず、まとめているゴムも地味過ぎる。身体も平坦だ。表情に笑顔が欠けているせいで中学生女子らしい華が無い。
 学業は特に秀でているものがなく、かといって劣っているものもない。体育や音楽といった授業でも先導せず、かといって落ちこぼれたりもせず、集団中央をキープしている。
 香織のように、あえて自分の実力を秘匿し埋没しようとしているのだろうか。同じクラスの人間が名前にすら気づかなかったというのは尋常なものではない。

 授業中、休み時間、気がつけば達子の動きを目で追っていた。あまりじろじろ見ても不自然になるが、なるだけ自然に目を向けようとするとすぐに視界内からいなくなってしまう。いちいち面倒な相手だ。
 トイレは一人で行く。弁当は一人で食べる。移動の時間も一人。休み時間は図書館で本を読んでいることが多いようだ。常に一人でいて、皆がそのことを不審に思っていない。
 部活動もやらず、授業と清掃が終われば真っ直ぐ家に帰る。誰か仲の良い者はいないだろうかと見渡してみても本当に一人たりとも存在しない。
 仲が良い、とまでいかなくとも、比較的接する時間が長いのは席が隣の生徒だろうか。そう考え、それとなく達子の印象を聞いてみても暖簾に腕押しで「ああ、まあ普通じゃないかな」くらいしか返ってこない。「あれは普通じゃないだろ」と心の中で毒づきつつ、得る物はなにもなかった。体育の時間に名簿順で柔軟体操のパートナーになっている生徒は「普通だよね」だった。日直で一緒に組んでいる生徒は「ああ、普通の子だよな」だ。
 やはり普通ではない。誰一人として達子という個人を認識していないように見える。
 学校から帰って即トコにぶつけた。
「なんなのあの子? 結界でも張ってるの?」
「いや魔法的なもんじゃないのよ。それだったらちゃんとわかるし」
「じゃああれはなんなの。素なの?」
「素なんじゃないかな……魔法少女になるような子ってかなりおかしい子が多いし」
「それは私の事やんわりとディスってたりする?」
「ディスってねーし。リスペクトマジぱねーし」
 トコが見つけてきた魔法少女候補達。
 芝原海。この人はおかしい。間違いなくおかしい。グラウンドで走ったり蹴ったり殴ったりしているところを見たことがあったが、あれは人間ではなく別の生物だった。
 根村佳代。芝原海と付き合える時点でおかしい。
 姫野希。入学式の時、なんで生徒が教師側にいるのかわからなかった。後々それが先生だったことを知って驚いた。変身前から魔法少女気取りか。おかしい。
 結屋美祢。この人だけはよく知らない。トコの調べによれば小学校から延々と学級委員長をやっているらしいので、たぶんおかしい人なんだろう。
 そして酒己達子。誰よりも学校生活を気にかけていたはずの香織が存在を認識していなかったというのがおかしい。「ずっと一人でいる人」として目立つはずなのに、達子に限ってはそれも無かった。香織の目がよほど節穴とでもいうのだろうか。そんなはずはない。
 ベッドの上で煩悶する香織に対し、トコは肩を竦めてみせた。仕草がいちいち腹立たしい。だから友達もいなかったのだろう。
「別に相手がどんな奇人でもいいからさ。とりあえず友達になってよ」
「とりあえずで友達になれる相手とも思えないんだけど」
「あ、こっちはこっちで忙しいからあんまり協力できないけどごめんね」
「おいこらクソ妖精」
 トコはきっと本当に忙しかったのだろう。目の下の隈が濃く、表情も冴えない。だが、それにしてももう少し協力して欲しかった。達子の家に忍び込んで盗聴器を仕掛けてくるとか隠しカメラを仕掛けてくるとか妖精しかできないこともあったのに。
 香織は仕方なく、このミッションに一人で当たる決意を固めた。達子はどこまでも隙を見せない。お一人様の悲壮感も無く、それどころか一人なのに孤独感すら無く、憚ることも困ることもなく生活していていっそ憎らしくなる。

◇◇◇

 どこかに隙は無いか。仕掛けるに足る隙らしい隙は無いのか。相手は魔法少女ではない。魔法の才能を持っているとはいえ、ただの中学生だ。そんな相手に戸惑っていてどうする。
 わかってはいるのに接点を作るということが難しい。話しかけようとしても絶妙のタイミングで呼吸を外される。泰然自若としていながら付け入る隙を見せない。捕まえようとしてもすっとかわされる、そんな気がする。
 香織は観察を続けた。
 観察を重ねたことで一つわかった。酒己達子は卵焼きが好きだ。淡々と弁当を食べる達子だったが、卵焼きは常に後に回す。人間は「後に回す物が好物派」と「後に回す物は嫌い派」の二派に分かれるが、達子は恐らく前者と見た。二度ほど「卵焼きを箸でつつく」という無駄な動作をし、ほんの僅かではあったが口の筋肉が動いた。あれは顔をほころばせたのではなかったか。好物を食べられる喜びを誰にも知られることなくひっそりと表現したのだ。
 卵焼きが好き。昼食時に好物で釣れば、きっかけになるかもしれない。
 香織は明日の弁当のために卵焼きを作ることにした。料理は家庭科の時間に作ったくらいの経験しか無いが、検索し、お料理系のサイトからこれぞというものを見つけてメモを取った。
 まずは出汁を作る。昆布を一晩水につけ、その後煮干しを三十分浸した鍋を火にかけ、沸騰する前に昆布を取り出し鰹節を投下。これだけの手間と時間をかけて出汁を作らなければ美味しい卵焼きにはならないのだそうだ。
「たかが卵焼きが、なんでこんなに面倒なんだか」
 そして出汁と卵の配分が問題だ。出汁は多ければ多いほど旨味が増す。だが多ければ多いほど卵が崩れて卵焼きになってくれない。最善の割合で最高の卵焼きができる。
 はずなのに、なぜか食感は砂に近く味は粘土に似ているという工業製品ができあがり、味見した際にトコには罵声を浴びせられ、香織は口の中を火傷した。

《つづく》

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