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 第二話 再会?とおねだり


 

 翌朝、俺は森を越えた先にある王都にまでやってきた。

 徹夜で魔法の試し撃ちをしていたせいか、瞼が酷く重い。
 だが、たとえ今すぐベッドで横になったとしても、胸から湧き上がる興奮によって眠れることはないだろう。
 忙しなく行き交う人混みの中、辺境から上京してきた田舎者の如く、キョロキョロと辺りに視線をやる。

 大きな声を張り上げて客寄せをする商人。
 道の片隅に寄って、姦しく雑談している女性。
 街を巡回している騎士。
 やたらと派手な装いをした、魔法使いらしき人。
 笑いながら道を走る小さな子供達。

 何もかもが新鮮で、ワクワクした。
 時折、すれ違う人に微笑ましそうな視線を向けられるが、気にしない。
 いや、本当は気にしてるし恥ずかしいけど、はしゃいでしまう気持ちを抑えられなかった。
 たまに俺の服装を見て、見下したように鼻を鳴らす若い魔法使いがいるけど、これはよく分からない。

 ゲームと同じであれば、ここはランドリア王国の首都のはずだった。
 王都の中央にある巨大な城は、ゲームで見たものとよく似ているから間違いないだろう。
 だがどういうわけか、城以外の街並みはゲームのものとは全然違っていた。
 やはり、何もかもが一緒というわけではないらしい。

 さて、どこから見て回ろうかと悩んでいたところ……ふと肉を焼いた時の香ばしい匂いが漂ってきたせいか、ちょっと腹が減ってきた。
 なのでその匂いの発生源であった屋台にて、何かの肉を串に刺したもの……焼き鳥に似ている……を買おうとしたのだが、残念ながら断られてしまった。
 所持していたお金が使えないというわけではなく、金貨を出されても、お釣りが支払えないとのことだ。

 金貨を見せた時に驚いていたので、これ一枚でもそれなりに高額なのだろう。
 聞けばギルドに行けば両替してもらえるとのことだったので、俺はまずギルドに向かうことにした。

【エレメンタル・スフィア】でのギルドとは、天界からやってきた天使が管理している、魔法使いの集まりの場だったはずだ。
 魔界から迷い込んでくる魔物を、人間の魔法使い達に討伐させることで、地上の浄化を行っているらしい。
 ギルド内に張り出された依頼を受けて、指定された魔物の討伐に向かい、討伐証明となるものを持ち帰れば、ギルドが報酬を払ってくれるというシステムだ。

 ギルドはこの国だけでなく、世界中のあらゆる国々に存在している。
 天使が運営しているといっても、ギルドの幹部以外は天使が雇った人間達が働いているのだが、職員として雇われた人間は中立の立場として扱われ、国に所属していることにはならない。
 また、ギルドだけでなく世界中に散らばるカトラ教会を束ねる教皇や枢機卿も天使であり、実質的に地上の覇権は天界が握っていると言っても過言ではなかった。

 といってもゲームでは、魔族が関わらなければ各国の政に口を出すことは、ほとんどないという設定だった。
 王宮内で醜い権力闘争をしてようが、反乱が起ころうが、他国と戦争しようが、天使らは傍観を決め込むのだ。
 もちろん人間が天使らに牙を剥けば反撃してくるだろうが、一部の例外を除いて、天使と人間の間には逆立ちしても超えられない強さの壁があるので、基本的に人間は天使に手を出さない。
 とまあ、そんな設定を思い出しているうちに、俺は目的のギルドに着いた。

────────────────────

 街並みが変わってしまっても、王城とこのギルドだけはゲームと同じ位置にあったので助かった。
 ……まあ場所が変わっていても、王城に匹敵しそうなぐらい大きな建物なので、迷うことはなかっただろうが。

 組織としては同じでも、国の文化によってギルドの建物は全然違う装いをしている。
 この国のギルドは、どこか荘厳な雰囲気を持つ白い塔だ。
 正面の扉をくぐると、掃除の行き届いた清潔なフロアが広がっていた。
 無駄がなく機能的で、王城のような華やかさはないものの、自然と背筋が伸びてしまう落ち着きがある。

 フロアの奥にはカウンターがあり、幾人ものギルド員が、長蛇の列を作る魔法使い達に対応していた。
 それにしても、何故かやたらと派手な装いの人が多い。
 酷い人になると、金一色のギラギラとしたローブを着込んでいる人までいるし。
 目にも、精神的にも、痛々しいことこの上ない。

 俺は金貨を両替してもらうべく列に並ぶと、近場にいた魔法使い達の視線がこっちに集まった。
 背伸びした子供を見るような、生暖かい目を向ける者。
 こちらを気遣い、心配そうな目を向ける者。
 あからさまに見下して、鼻で笑う者。

 反応は様々だが、微妙に居心地が悪い。
 俺には、そんなにもお上りさん的な雰囲気が漂っているのだろうか?
 まあこの建物に入ってからも、物珍しそうに視線をあちこちに向けていたから、そう思われるのも仕方ないかもしれない。

 周囲の視線にソワソワしながら、待つこと数十分。
 ようやく自分の番が回ってきて受付の前に立つと、対応する長い黒髪の若い女性が、眼鏡の奥にある
鳶色の双眸を細めた。
 泣きぼくろが似合っていて、とても綺麗な人なんだけど……どうしてだろうか?
 視線が冷たく感じられて、とても背筋が寒いです。

「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「えっと、金貨の両替をして欲しいんですけど……」
「……貨幣の両替は、商業ギルドの管轄なのですが」
「えっ、何それ?」

 思わずそう返してしまってから、すぐに気が付いた。
 恐らく屋台の人から聞いた「ギルド」とは、「商業ギルド」のことだったのだろう。
 ゲームでは商業ギルドなるものはなかったから、こっちのことだと勘違いしてしまったのだ。

 俺の反応を見て何かを察したのか、受付の女性は小さく溜息をついた。

「ここは魔法使いギルドです。それも、四級以上の人のみを扱っている場所ですよ」
「あー……すみません、勘違いしてました」
「次からは、ちゃんと商業ギルドに行って下さいね。それで、何か身分を証明できる物はお持ちでしょうか?」
「え、もしかして両替してくれるのですか?」
「ええ、今回だけですよ」

 今の俺は、いわばコンビニで両替だけをお強請りするような、たちの悪い客のようなものだろう。
 さっさと追い返されても、文句は言えないのに……見た目は冷たそうだけど、どうやら優しい人のようだった。
 心なしか、態度も先ほどより軟化しているような気がする。

 後から聞いた話によると、最近は五級以下のランクしかないのに四級以上の依頼を受けようとしていた輩がいたらしく、警戒していたのだそうだ。
 魔法使いは一般的に七級から一級に分かれており、数字が低くなるほど優秀な魔法使いとなっている。
 四級以上からは危険な依頼が多く、五級以下の者には絶対に受けさせないことになっているとのことだった。

「うーん、身分証か……」

 何かあったかな?
 と、俺はアイテムボックスのリストを開いた。
 重要品の項目をスクロールしていくと、丁度「ギルド証」というものを発見する。
 ゲームの序盤でギルドに登録して手に入れていたはずなのだが、名前だけで使用することはないアイテムなので忘れていた。
 俺はアイテムボックスからそれを取り出すと、受付の女性に手渡した。

「これで大丈夫でしょうか?」
「あら、随分と古いギルド証をお持ちなのですね……」

 何気ない仕草で、受付の女性がギルド証の裏を見た。
 ──瞬間、彼女の動きが凍り付いたようにピタリと止まった。
 しばらく動きを止めた後、ゆっくりと眼鏡を外して目頭を揉み、「疲れているのかしら……」と呟きながら、またギルド証を見る。
 そして、また固まってしまう。
 何だか、このまま放置しておけば無限ループに入りそうな予感がした。

「何か問題でも?」
「ひゃいっ!」

 俺が声を掛けると、受付の女性が悲鳴のような可愛らしい声を上げた。
 うん、これがギャップ萌えというものだろうか。
 普段は真面目そうな女性にそんな声を上げられると、ちょっとキュンとしてしまう。

「す、すみません、少々お待ち下さい」

 顔を赤くしながらそう言うと、受付の女性は凄い勢いで奥へと走っていった。
 ちょっとした異変に興味を惹かれたのか、近場にいた魔法使い達がこっちを見ている。
 小心者なので、そんな風に注目されると背中がむずむずして落ち着かなかった。

 しばらくして受付の女性が戻ってくると、彼女は俺に向かって深々と頭を下げた。

「さ、先ほどは大変失礼いたしました! 奥で、ギルド長がお待ちです」

 近場にいた魔法使い達が、ざわっとなった。
「あいつは何者だ?」といった声が、ちらほらと聞こえてくる。

 魔法使いギルドの長は、人間ではなく天使である。
 普段は人間に気を遣ってか、あまり表に顔を出さない天使が、わざわざ直接会うのだという。
 そんな待遇を受ければ、注目されるのもしょうがない。

 何度も言うが、俺は小心者だ。
 内心ではガチガチに緊張しながら、俺は受付の女性の案内に従って、奥にある階段へと移動したのだった。

────────────────────

 長い長い階段を上って、塔の最上階にまでやってきた。
 日本にいた頃の俺ならばヘトヘトになっていただろうが、今は体のスペックが高いせいか、全然疲れを感じていない。
 俺を案内した受付の女性……ルアンナと名乗った彼女も疲れた様子は見せていないので、この世界ではこれぐらい普通なのだろう。

 ルアンナは短い廊下の中ほどにある、大きな扉の前に立つと、手の甲で控えめにノックをした。

「ギルド長、アデル・ラングフォード様をお連れしました」
「は~い。入ってもらって~」

 ルアンナが扉の向こうにいる者に声を掛けると、どこか間延びした言葉が返ってきた。
 上司の許可を得てルアンナが扉を開くと、俺は促されるまま部屋に足を踏み入れる。

 すると、背中に三対六枚の小さな翼を生やした天使が、満面の笑顔でこっちに駆け寄ってきた。
 長い金髪に碧眼の双眸をした、やや目尻の低いおっとりとした印象を受ける女性だ。
 興奮からか、乳白色の綺麗な翼がバサバサと動いて揺れている。
 ついでに、胸のあたりを大きく押し上げているそれも、たゆんたゆん揺れている。

 ……彼女いない歴十九年。
 女性に免疫がないので、つい目を逸らしてしまいました。
 こういう時、眼福だと素直に拝める勇気が欲しい
 彼女は俺の前に立つと、感極まった様子で、俺の手を両手で包み込むように握ってきた。

「もうアデルったら、久しぶりじゃない~」
「えっ?」
「もしかして、分からないのかしら? 私、ウリエルよ」
「え……えぇ!?」

 ウリエルという名の天使は、ゲームでも主要キャラの一人として登場していた。
 だが俺の知っているウリエルは、もっと幼い容姿をしていたのだ。
 ゲームでは彼女の翼は二枚だったし、胸部にあんな凶悪なものは実ってなかった。もっと背が小さくて、ツルペタだった。

 年齢が主人公と同じ設定だったため、てっきり合法ロリの類だと思っていたのだが……単に、天使の成長速度が遅いだけだったらしい。
 別に残念だとか、そういうことはない。
 決してない。

 彼女は上機嫌にニコニコとしながら、続けて気になる発言をした。

「ふふふ、あなたと会うのは、百六十年ぶりくらいかしら?」
「……百六十年?」
「そうよ~。どこかに隠居したらしいとは聞いていたけど、ちっとも顔を出してくれないから寂しかったわ~」

 さりげなく知らされた情報に、俺は顔に出さないよう努めながらも内心で驚いていた。
 どうやらここは、ゲームの物語があった時代から百六十年後の世界らしい。

 どうりで街並みが変わっているはずだった。
 家の庭などが荒れ放題だったのも、納得できる。
 というか、百六十年前から俺の外見が全く変わってないことに、疑問を抱かないのだろうか?

「俺が年を取ってないことに驚かないのか?」
「あら、いくら当時の私が子供だったからって、貴方が魔王を倒した時に不老の力を手に入れたことぐらい知ってるわよ」

 俺が知らなかったよ!

 いつの間に不老になんてなってたんだ……
 そういえば魔王を倒してクリアはしたものの、肝心のエンディングは寝落ちして見ていなかった気がする。
 立て続けに明らかになった新事実に、目を白黒させていると、ふとウリエルが不思議そうに首を傾げた。

「それにしても、アデルは何でそんな格好をしているのかしら?」
「え?」
「……ああ! 貴方の正体がバレると騒ぎになるものね~。アデルは昔から、目立つのが嫌いだったからね~」

 そう言って、うんうんと勝手に納得するウリエル。
 俺の服装のどこか変なのか教えて欲しいのだが、なんとなく聞きづらい雰囲気だ。
 そういえば、外でもギルドでも、随分と奇異な目で見られていた気がする。

「そうそう、ギルド証のことなんだけどね~。アデルが今持っているのって、古いタイプのギルド証で、今はもう使えないのよ」
「あ、そうなんだ」

 百六十年も経っているのだ。そういうこともあるだろうと、素直に納得する。

「それで、ギルド証を新しく発行することになるんだけどね。百年前に色々と規則が変わって、新規発行するには一つだけ条件があるの」
「ふむ?」

 ギルド証は、魔法使いがこの世界で快適に生きていくために、必要になってくるものだ。
 別にギルド証がないまま、もぐりの魔法使いとしてやっていけなくもないが……ギルドを利用できないのは、色々と不便ではあった。
 だがそのギルド証を再発行する条件は、俺にとって少々やっかいなもので……

「数日以内に誰でもいいから、弟子を取ってくれないかしら?」
「……弟子?」
「そう、弟子」

 手を握ったまま上目遣いで、何かをおねだりするような仕草をするウリエルに、俺は思わず頷いてしまったのだった。


<<つづく>>

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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22