第五話 現実



「どうしてこうなった」

 アデルの家にあった、幾つかの客室のうちの一つ。
 そこのベッドの上で寝息を立てている少女の姿を見て、俺は思わず頭を抱えた。

 俺がゲームのキャラであるアデル・ラングフォードとなってしまった日の翌日。
 ウリエルにおねだりされて弟子を取ることを了承してしまったものの、何をどうしていいか分からず、適当に街を彷徨っていたのだ。

 ウリエル曰く、ラングフォード流と名付けられた新しい流派の名前を出せば、弟子なんて勝手に向こうから集まってくるらしいが……正直面倒くさいので、あんまり沢山の弟子は取りたくない。
 というか、偉そうな顔をして魔法を教えられる自信がない。
 なにせ昨日までの俺は、何の取り柄もないただの大学生だったのだ。

 それに、入門希望者に受けさせる試験を作れと言われても、どんなことをやればいいのか全然分からない。
 だから試験を実施して弟子を募ることはせず、そこら辺で遊んでる生徒を適当に見繕ってスカウトしてしまおうと街を歩いていたのだが……

 偶然、男に絡まれていたところを助けた少女から、いきなり弟子にしてくれと迫られたのである。

 あまりの剣幕に思わず頷かされてしまったが、俺にとっても別に問題はなかった。
 元々弟子に取る生徒を探していたのだし、彼女がそうなっただけのことである。
 だが俺があっさり弟子入りを認めると、彼女は信じられないといった面持ちで目を見開いた後、急に気を失って倒れてしまったのだ。
 しかも、けっこうな熱を出して。

 いたいけな少女を、路上に寝かせたまま放置しておくわけにもいかない。
 かといって、まだ名前も聞いていなかったので、どこに送り届けていいのかも分からない。
 だから俺は、ひとまずこの少女をアデルの家へと運んだのだった。

 そして、空いていた客室のベッドに彼女を寝かせて今に至る。
 やってしまってから、ふと思ったのだが……これがもし現代の日本なら、俺は警察に捕まってしまうのではないだろうか?
 中学生ぐらいであろう年齢の女の子を、路上で寝ていたのをいいことに大学生の男が自宅に連れ込む。
 ……凄く、犯罪くさいです。

 向こうで実行に移していれば、ご近所さんの通報で警察に踏み込まれ、全国ニュースで「大学生の男が、少女を誘拐」と報道されていたかもしれない。
 俺の持っている同人誌やパソコンの中身から出てきたものを晒され、「これだからオタクは……」と
か囁かれ、全国にいる同志たちに申し訳ないことになっていたはずだ。

 日本ならば、俺だって普通に救急車を呼ぶという適切な対応が取れたのだろう。
 だが、ここは異世界だ。
 病院のような施設が、あるのかどうかも知らない。
 俺の行いが、異世界の人にどう受け取られるのか全然分からない。
 今になって、どうして宿の部屋を取らなかったのかという後悔の念が湧く。

 ──やってしまったかもしれない。

 そんな不安から、俺は少女の眠るベッドの傍らに座ってダラダラと冷や汗を流していた。
 できれば、心の準備ができるまで目覚めないで欲しい。
 そんな願いも虚しく、やがて少女はゆっくりと閉じていた瞼を上げた。

「……目が覚めたか?」
「ここは……?」
「俺の家だ。お前が急に倒れたから、連れてきた」

 正直に言った。
 ここで少女が悲鳴を上げようものなら、すぐにでも王都から逃げようと心に決め、ビクビクしながら彼女の反応を窺う。
 だが俺が予想していたような事態は起こらず、少女はベッドから体を起こそうとして、つらそうに表情を歪めた。

「熱がある。無理に起き上がろうとしなくていい」
「ありがとうございます」

 少女が、お礼を言いつつ体の力を抜く。
 どうやら、俺の行いは異世界的にセーフだったらしい。
 俺は内心で胸をなで下ろした。
 ちょっと考えすぎだったのかもしれない。

「もう遅い時間だし、親御さんも心配しているだろう。俺が連絡をしておくから、住んでいる場所を教えてくれないか?」
「あ……」

 俺の言葉に、少女が小さく声を上げて身を固くした。
 ……今になって、身の危険を覚えたとかじゃないよね?

「どうした?」
「わたくし、帰る家がありませんの。いえ、今日から無くなったと言うべきか……」
「どういうことだ?」

 尋ねると、少女は少し躊躇った様子を見せてから、自分の事情を話しはじめた。

 少女が、カリーナ・ラッセルという侯爵家の令嬢であったこと。
 トウェーデ魔法学院の生徒であり、七級魔法使いであること。
 そしてつい先ほど、その学院の成績が原因で、侯爵家から捨てられてしまったこと。

 悲惨に思える身の上話を聞かされ、俺はどう声を掛けてよいのか分からなくなってしまった。
 その沈黙をどう受け止めたのか、カリーナという名の少女が苦笑する。

「わたくしが七級魔法使いだと知って、失望されましたか?」
「いや……」
「気を遣わなくていいんですのよ」

 そう言って、カリーナは笑みを浮かべた。

「冷静に考えれば、今さらどこかに弟子入りできた程度で、家に帰れるようになるとは思えませんし……それにもう、疲れましたわ」
 
 草臥れた老人のようだ。
 諦観の入り交じった彼女の表情を見て、俺はそう思った。

「だから、ごめんなさい。弟子入りの話は、なかったことに──」
「帰れるさ」

 平和な国で育ったせいだろうか?
 まだ子供と言っていい年齢のカリーナの境遇にいたたまれなくなって、俺は気が付けばそんな言葉を口にしていた。

「俺の弟子になるんだ。俺がお前を、誰よりも強い魔法使いにする。お前が優秀な魔法使いだって認められれば、家にだって帰れるようになるんじゃないか?」
「ふふふ、優しいんですのね」

 俺はわりと本気で言ったのだが、カリーナは信じていない様子だった。
 でも、少しは安心できたのかもしれない。
 彼女はベッドの上で、瞼を眠たそうに瞬かせた。

「そういえば、まだお名前をお聞きしていませんでしたわ」
「うっ……」

 ちょっと言い淀んだ俺に、カリーナが不思議そうに首を傾げた。

 ここでアデルと名乗ると、なんとなく面倒なことになりそうな予感がしたのだ。
 ウリエルも、この名前が広まれば、ちょっとした騒ぎになるだろうと言っていたし……学院から弟子入り希望者が大挙して押し寄せて来そうな気がする。
 それは、非常に困る。

 なので俺は、日本での名を名乗ることにした。
 いつまでも隠しきれるものではないだろうが、ひとまず先送りである。

「アキラだ」
「アキラ様……今日という日に、貴方と会えてよかった」

 眠気で目が閉じそうになるのを懸命に堪えている彼女に、俺はできるだけ優しく見えるよう苦心しながら、笑顔を作った。

「今日はもう寝ろ。これからのことは、明日の朝にでも話せばいい」
「……ごめんなさい、お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 カリーナはそう言うと、再び目を閉じた。
 彼女の口から、すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。
 でも若干、苦しそうにしているのが気になった。顔色も悪いし、うっすらと汗もかいている。

 ……まさか、このまま死んだりしないよね?
 日本では、過労のせいで家で寝たまま死んでいたというニュースもあったし……

 ちょっと不安になったので、試しに回復魔法でも最上級にあたる【パーフェクト・ヒール】をかけてみた。
 すると彼女の目の下にあったクマが消えて、苦しげだった寝息が安らかなものに変わる。
 どうやら、熱も下がっているようだった。
 思った以上に、魔法って便利だ。

 最初は風邪か何かだと思っていたのだが、彼女の話を聞く限り、やはり熱の原因は過労だったのだろう。
 よく観察しないと分からないが、頬が微妙にやつれているし……相当苦労してきたのだと思う。
 貴族の家のご令嬢なのに、回復魔法は誰にもかけてもらえなかったのだろうか?

 俺は続けて、【アナライズ】という対象のステータスを分析する力のある魔法をかけてみた。
 ゲームではモンスターにしか使用できなかった魔法だが、この世界では人間相手にも問題なく発動した。

 魔力値  37
 肉体強度 15
 感応値  22

 ……これは酷い。
 人間の魔法使いの平均値がどれくらいなのかは知らないが、酷いということだけは分かる。

 肉体強度や感応値が何を示す数字なのか、確証はない。
 だが少なくとも魔力値……MPが37というのは低すぎる。
 どれくらい低いかというと、ゲーム序盤で覚える魔法を数発放つだけで尽きてしまうぐらいに低い。
 これでは、劣等生と言われてもしょうがないかもしれない。

 彼女の様子を見る限り、きっと努力を怠っていたわけではないのだろう。
 ゲームではモンスターを倒してレベルを上げれば簡単に強くなれたが、レベルという概念のないこの世界では、そう簡単な話ではないらしい。

 人並み以上の努力をして人並みの結果が出ないのなら、それは才能がないということだ。
 お前には向いていなかったんだと、冷たく突き放すことはできる。
 でもカリーナには、できれば報われて欲しいと思った。
 きっと男なら、誰でもそう思うはずだ。
 なにせ、薄幸の美少女だし。

 これでむさいオッサンが相手だったら、「ああ、そうか」としか思わなかった自信がある。
 美少女はすべからく保護されるべきだ。

「お父様……」

 寝言だろう。
 そうぽつりと呟いたかと思うと、カリーナの目尻から一粒の涙が流れ落ちた。

 なんか、キュンときた。

 俺は張り切って立ち上がると、つい先ほど思いついたことを実行するべく部屋を後にした。
 そのまま、荒れ果てた庭へと出る。

 カリーナに帰る家がないのなら、しばらく此処で暮らせばいいと思う。
 まだ本人に確認はとってないが、俺は既にそのつもりである。
 彼女が大手を振って実家に帰れるようになるまでは、面倒を見るつもりだ。

 一応、心算はある。
 たしかに俺には、魔法などの細かい理論は教えられない。
 アデルの力のおかげか、なんとなくで魔法を使うことはできるが、詳しい仕組みを理解しているわけではないのだ。

 だが代わりに俺には、ある程度までなら基礎的な能力を底上げする手段があった。
 ゲームとは違うので、どこまで上手くいくか分からないが、少なくともMPに相当する魔力は上げられるはずだ。
 他のステータスは試してみないと分からないが、恐らく大丈夫だろう。

 あとは、彼女が思う存分修行できる環境を用意したい。
 少なくとも魔法の練習をするのだから、開けた場所が必要になってくるはずだ。
 さらにはアレを育てるための畑や、もし使い魔を使役するのなら牧場も欲しい。

 だがメニュー画面には屋敷の増設などはあっても、荒れることを前提にしてないせいか、畑や牧場を修復できるような項目はなかった。
 だから、どれも普通ならすぐに用意するのは無理だろう。
 でも今の俺には、魔法があった。

「【クリエイト・ゴーレム】」

 茶色の光玉を集めて地属性の魔法を唱えると、地面の土が盛り上がって巨大な人型を形作っていく。
 簡単な命令に従って自動で動く、土人形だ。
 俺はそれをさらに数十体ほど作り出し、まずは荒れた庭を更地にするべく、人形達を動かしたのだった。


<<つづく>>


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最強勇者の弟子育成計画
栖原 依夢
宝島社
2014-11-22