第七話 謎の師匠



 ゆっくり寝すぎたせいか、学院に登校しなければならない時間が差し迫っていたので、これからの詳しい話は帰ってからということになった。

 てっきり、アキラの屋敷は王都の中にあると思っていたカリーナは、外に出た瞬間、目を丸くして驚いてしまう。
 王都の街並みはどこにも見当たらず、代わりに屋敷の周囲には平原が広がっていたのだ。

 遠目には、鬱蒼とした森も見える。
 あの森は、おそらく【幻幽の森】だ。
 王都の近場にある森で、どうしてか奥に入ろうとしても、いつの間にか入り口に戻されてしまう不思議な場所として有名だった。
 とある一級魔法使いが、この森から強力な結界を感知したという話もある。

 アキラの住む屋敷は、どうやらその【幻幽の森】の奥にあるようだった。

 さらに近くにある平地では、幾体ものゴーレムが忙しなく行き交い、畑を耕したり何かの建物を組み立てたりしている。
 そのゴーレムの一体一体が、土で出来ているとは思えないほど洗練された姿をしており、キビキビとした動きをしていた。

 普通の魔法使いが扱うゴーレムは、歩くたびに体から土が落ち、のっそりとした動きをしているものだ。
 たとえ腕の良い魔法使いでも、あのようなゴーレムは一体作るだけで精一杯だろう。
 アキラが魔法で召喚したのだとしたら、驚嘆すべき技量である。

 俄には信じられないいくつもの光景を目の当たりにして、カリーナは呆然と立ち尽くした。
 驚くべきことが多すぎて麻痺したのか、彼女は自分が理解できる範囲の事実を、まず最初に認識する。

「これでは、学院の授業に間に合いませんわ……」

 いくら近いといっても、【幻幽の森】と王都では徒歩で数時間以上の距離はある。
 カリーナの足ではどう頑張っても、間に合いそうになかった。

 こうなったのは、のんきに遅くまで寝込んでいた自分のせいだ。
 そう思い、仕方なく大幅な遅刻を覚悟していると、屋敷からアキラが出てきた。

「走っても駄目か?」
「……少なくとも、私には無理ですわね」

 今からだと、王都内にある実家から学院に向かって丁度いいぐらいだろう。
 王都の外にある森の奥地からだと、下手をすれば学院の授業が終わっているかもしれない。

「師匠も、王都へ行かれるんですの?」
「……そう呼ばれると、背中がむず痒いんだけど」

 どこか気恥ずかしそうに頬を掻いて、アキラは頷いた。

「追い追い、自力で通えるようになってもらうけど、しばらくは俺が王都まで送っていくな」
「え?」

 送っていくという発言に、カリーナが頭に疑問符を浮かべていると、アキラは彼女の前に立ってしゃがみ込んだ。

「乗って」
「あの、それは流石に……」

 短い間にアキラの人となりは把握していたし、別に嫌なわけではないのだが、なんとなく恥ずかしい。
 彼の背中を前にカリーナがもじもじしていると、アキラが不思議そうに首を傾げた。

「おんぶは恥ずかしいか?」
「え、ええ」
「う~ん、それもそうか」

 アキラがそう言って立ち上がったことに、
安堵の息を吐いたのも束の間。 何を思ったのか、彼はカリーナに歩み寄ると、彼女を横抱きに抱え上げた。
 軽々と自分を持ち上げたアキラに、あわあわと取り乱しながら抗議しようとして──

「舌を噛むかもしれないから、喋らないで」

 グンッと体を上に押し上げられるような感覚がして、カリーナは慌てて彼の体に捕まった。
 凄まじい速度で、視界に映っていた景色が斜め下に流れていく。

 アキラが跳躍したのだとカリーナが気づいたのは、上昇が止まって浮遊感を覚えたところだった。
 どうなったのか辺りを見回すと、目に飛び込んできた風景に息を呑む。

 二人は今、空を飛ぶ鳥と同じ高さを漂っていた。

 遠くには王都の街並みが広がっており、城壁の門から続く街道にはポツポツと商人の馬車らしきものが見える。
 人が豆粒のようであり、広いと思っていた王都が手狭な箱庭のように映った。
 あんなに小さな場所の中で、うじうじと苦悩していた自分が、ちょっと馬鹿らしく思えてしまう……とまでは言わない。
 世界にとってはどれだけ小さなことでも、眼下に見える豆粒の一つでしかない自分の心では、昨日までの重圧に今にも押し潰されそうだったのだ。
 だがそれでも、気が大きくなって少し余裕を持つことができた。

 ふとカリーナは、この位置まで跳んでみせた師の顔を見上げる。
 本当に、彼は一体何者だろうか?

 今は魔法を使って足場を作り、それを蹴って空を駆けている。
 だが最初の跳躍の時には、魔法を発動した光が見えなかったので、おそらくは魔力で強化した身体能力のみで跳んだのだろう。
 なんとも凄まじい肉体強度である。
 人間の魔法使いでこんな動きをする存在なぞ、聞いたこともない。

 魔法使いで言う肉体強度とは、体内にある魔力でどこまで体を強化できるかのことだ。
 外に放出する魔法と違って、いくら体を強化し続けても魔力を消費することはない。
 だが体内にある魔力が肉体強度の限界値を下回れば、残っている魔力分の強化しかできなくなる。

 つまりアキラは、あれだけのゴーレムを動かしておいて、まだまだ魔力に余裕があるのだ。
 彼の実力の底が、見える気がしない。

 こんなにも凄い人が自分の師匠なのだと思うと、カリーナはなんとも言えない胸の高鳴りを感じるのだった。

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 学院には、余裕を持って到着することができた。 
 何か用事があるらしく、アキラとは王都に入ってすぐに別れている。
 二人は今日の授業が終わってから、城壁前で落ち合うことになっていた。

 いつになく上機嫌な様子でカリーナが魔法学院の校門をくぐると、昨日と同じように生徒の視線が集中する。
 胸の上にある記章の色に、誰もが信じられないといった顔をしていた。

 各々の流派から配布される記章は、上級にあたる戦闘系の流派は金色、下級にあたる生産系の流派は銀色で装飾されている。
 カリーナの胸にある記章は金色をしており、それは彼女が四級以上の魔法使いしか入れないはずの、戦闘系の流派に弟子入りしたことを示していた。

 自分とすれ違う生徒から視線を浴びるたびに、カリーナの上機嫌だった気分はどんどん萎んでいってしまう。

 昨日まで自分に向けていたものとは、違う感情の込められた生徒達の目。
 もちろん、良い意味での視線はない。
 カリーナが七級である事実は変わっていないのだから、当然だった。
 生徒の中には、戦闘系に入りたくても泣く泣く諦めた者も数多くいるのだ。

 ──どうして七級のあいつが弟子入りできて、俺はできないんだ。

 そんな、嫉妬というよりも理不尽に対する怒りのような視線を感じるたびに、カリーナは肩身が狭い思いをした。
 彼らの目から逃げるように、早足で教室へと向かう。
 すると、奇しくも昨日と同じ場所で、レベッカと顔を合わせることになった。
 彼女はカリーナの胸にある記章を見て、怪訝そうに表情を歪める。

「……ごきげんよう、カリーナさん」
「あら、レベッカさん。ごきげんよう」

 見覚えのない紋様だったことで無名どころだと判断したのか、彼女はすぐに、いつもの見下すような態度に戻った。

「まさか、本当に上級の流派に入ってしまうなんて……一体、どんな手を使ったのかしらね?」
「安心して下さいな。貴族の名を貶めるような真似はしていませんわ」
「貴族、ねぇ?」

 レベッカが、弄ぶ獲物を見つけた時の猫のような、いやらしい笑みを浮かべる。

 彼女はカリーナに目を向けたまま、首に掛かっていたアクセサリーを、少し持ち上げてみせた。
 アクアマリンにも似た、大きな青色の宝石が幾つも埋め込まれたネックレスだ。
 少し装飾過多なような気もするが、むしろ優雅な雰囲気のある彼女には、その方が合っている。

「ねえ、カリーナさん。この首飾り、私に似合っているかしら?」
「ええ、とても似合ってますわ」

 カリーナが素直に返すと、レベッカが首にあるネックレスを愛おしそうに撫でた。

「ありがとう。実はこれ、魔力値の底上げをする魔道具なのよ」

 レベッカの言葉に、カリーナは軽く目を見張った。
 魔力値や感応値といった基礎能力を上げる力を持つ魔道具は、人間の魔法使いには作れず、普通の魔道具よりもずっと稀少なのだ。
 上級の魔法使いでも、持っている者は少ない。
 魔法使いならば、誰もが憧れるような一級クラスの装備品である。

 カリーナの羨むような視線に、レベッカは自慢するように話を続けた。

「昨日、お父様からプレゼントしてもらったの。名門のマクダーモット流に入門できたご褒美ですって」
「そう……」

 この時点でカリーナは、レベッカの言葉の裏にあるものを察していた。
 彼女は、知っているのだ。
 昨日、カリーナが家から放逐されたことを。
 もう貴族の娘でも何でもない、ただの平民であることを。

「侯爵家の娘だもの。貴女にもきっと、お父様から何か贈り物があるわ」
「……」

 唇を噛んで黙り込んでしまったカリーナに、レベッカが高笑いをしながら去っていく。

 まだ癒えていない傷に、塩を塗り込まれたかのようだった。
 すぐには立ち直れず動けないでいると、背後からカリーナの肩に手が置かれる。
 見ると、いつもの眠そうな無表情を、僅かにだが心配そうに歪めたエミリアが立っていた。
 彼女の隣には、レベッカの背中に憎々しげな目を向けているヘレナもいる。

「大丈夫?」
「ええ……」
「ほんと、嫌なやつだよね~」

 ヘレナはそう言ってからカリーナに向き直り、今度は一転して弾んだ声を上げた。

「おめでとう、カリーナ! 弟子入り先が見つかったんだね」
「おめでとう」
「ありがとう、エミリア、ヘレナ」

 実家から捨てられても変わらず接してくれる二人に、カリーナは救われたような思いがする。
 ヘレナはカリーナの胸にある記章を見て、唸りながら首を傾げた。

「う~ん、私の知らない紋様だけど……なんて流派なの?」
「……あっ」

 その質問に、カリーナは自分が大切なことを失念していたことに気が付いた。

「どうした?」
「流派の名称をお聞きするのを、忘れていましたわ……」
「あはは、カリーナらしいね」

 おろおろとする彼女に苦笑した後、ヘレナは少し気まずそうにしながら、心配していたことを切り出した。

「それで、その……泊まる所はあるの? もし困ってるなら、うちに来る?」
「大丈夫ですわ。しばらくは師匠の所に泊めてもらえることになりましたの」
「へえ?」

 カリーナが二人にアキラのことについて話していくと、どうしてかヘレナは険しい表情になっていった。
 弟子が一人しかおらず、森の外れにある家で二人暮らしになることを説明したあたりで、エミリアの無表情もどこか硬くなっている。
 そんな二人の反応に、カリーナは不思議そうに首を傾げた。

「二人とも、どうなされましたの?」
「ねえ、カリーナ。そのアキラって人に、何かされてないよね?」
「ええっと……何か、とは?」

 よく分かっていない彼女に、ヘレナが周りに聞こえないよう耳打ちをする。
 その内容に、カリーナは一瞬で顔を真っ赤にした。

「し、師匠はそんなことをする人ではありませんわ!」

 まだ会って間もないはずのカリーナの断言に、ヘレナは微妙そうな表情を浮かべる。

「だってカリーナって、意外と単純……ゴホンッ、純粋で騙されやすいところがあるしな~」
「うん。だから、とても心配」
「まあ、お二人とも失礼ですわ!」

 二人の言い様に、心外だと頬を膨らませたカリーナであった。


<<つづく>>

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栖原 依夢
宝島社
2014-11-22