第八話 偵察
俺は王都でカリーナと別れると、すぐに物陰に隠れた。
魔法を発動した時の光が見えないように、こっそりと陰から、通行人に向けて手当たり次第に【アナライズ】をかけていく。
途中でちょっと眩しくなってきたので、サングラス代わりに濃い色の付いた眼鏡……ゲームのおまけアイテムだ……を取り出して、顔に掛けた。
なぜ俺がこんな不審者のような真似をしているかというと、この世界の人間が、どのくらいのステータスをしているのか調査するためだ。
弟子の育成にも目安として使えるし、俺のステータスがどの程度なのかも分かる。
でも白昼堂々と、他人に向けてカメラのフラッシュの如く魔法の光を放っていれば、王都の住人から白い目で見られること請け合いだ。
だから、目立たないよう隠れた。
でも、物陰でピカピカ光ってるのは丸分かりだったようで──
「おい貴様、そこで何をしている!」
「!」
途中で金髪の厳つい衛兵らしき人に見つかって、追い掛けられてしまった。
俺はただ、通りすがりの人を【アナライズ】していただけだというのに……
幸い、眼鏡のおかげで顔は見られていなかったようだし、身体能力は俺の方が高かったので、しっかり衛兵も【アナライズ】してから撒いた。
なぜか衛兵の人が凄く怒っていたが、俺は無罪なので気にしないでおこう。
危ない思いをした甲斐があって、沢山の人のステータスを見ることができた。
まず魔法使いでない者は、ほとんどの人が魔力値0だった。
これは魔法の才能がないということなのだろう。
たまに一桁分だけ魔力を持っている者もいたが、この数値ではまともに魔法が使えないはずだ。
そして次に魔法使いのステータスなのだが、こちらはけっこうバラつきがあった。
だが、カリーナほどステータスが低い魔法使いは滅多に見つからなかった。
彼女は自分のことを劣等生だと言っていたが、やっぱりそれは謙遜でも何でもなかったようだ。
少なくとも王都にいた魔法使いの中では、紛う方なき底辺である。
倒れるほど努力してそれは、切なすぎるだろう……。
あまりに不憫なので、俺がやれることは全てやって育てようと思う。
逆に、ステータスが特に高かった魔法使いは、魔力値が二百前後ぐらいあった。
感応値や肉体強度も似たような感じで、どれか一つでも三百にまで達している者は皆無である。
まあ天使や魔族は別格だろうし、他の種族はまた違っているかもしれないが、少なくとも人間種の強さはこんなものなのだろう。
次に俺は、魔法使いの装備品を売っている店を回っていった。
どのくらいの性能を持った装備品が普通なのか、調べるためだ。
カリーナには、一般的に出回っているものよりも、少し上ぐらいの性能の装備品を渡すつもりである。
別にアイテムボックスの中にある最強装備を渡してもいいのだが、それを着たカリーナが表に出ると、なんとなく面倒なことになりそうな気がするからだ。
だって、ゲームで見た装備品の説明欄には、「伝説の~」とか「神が創造した~」とか大仰な設定が付いているものばかりだったし。
幾つか店を見て回って思ったのだが、やけに派手な装備品が多かった。
やはり魔法使いの装備品は、派手なのが普通なのだろうか?
もしそうなら、今の自分の装備も考え直さないといけない。
とりあえず王都で一番広い店で目立つところに展示してあった装備品を基準にすることにした。
これよりちょっとだけ良い装備品を渡しておけば間違いないだろう。
俺はそこで調査を打ち切り、後は適当に王都を散策して時間を潰してから、カリーナと合流したのだった。
俺はこの時、ステータスと装備品を調べただけで、人間の魔法使いの強さがどれくらいなのかを把握したつもりでいた。
この世界はゲームとは違うと分かっていたつもりで、どこかゲームと同じように考えていたのだ。
自分の認識が甘すぎたと気が付いたのは、カリーナを連れて王都を離れた後だった。
帰り道で、ずっと何かを聞きたそうな顔をしていた彼女は、屋敷の庭先で俺の腕から降りると、すぐにこう質問してきたのである。
「あの、師匠の流──っ、……属性適性は何ですの?」
「え、何それ?」
思わず素で答えてしまった瞬間、やってしまったと思った。
彼女の口ぶりからして、その属性適性とやらは魔法使いの常識にある何かなのだろう。
それを知らないとなると、変に思われてしまう。
一瞬ヒヤリとしたが、どうやらカリーナは俺の反応に勘違いしてくれたらしい。
彼女は深刻そうに俯いた後、小さな声で「今さら師匠の──を知らないなんて、言えないですわ……」と呟いたのが聞こえてきた。
就職の面接に行って採用を受けたのはいいけど、実はその会社の仕事内容を知らなかったような気持ちだろうか?
昨日できたばかりの流派の師匠だし、偽名を言っちゃったし、その属性適性とやらを知らないのが普通なんだけどね。
都合がいいので、そのことは黙っておくことにする。
俺はこっそりと安堵の息を吐いてから、逆に聞いてみることにした。
「カリーナの属性適性は、何なんだ?」
「わたくしは、火と風ですわ」
「他の属性は使えないのか?」
「ええ、魔法学院に入学した時にあった検査で、適性はその二つだと診断されましたわ」
「そうか……」
どうやら、この世界の普通の魔法使いは、扱える属性が限られているらしい。
二つの属性が使えるのは、普通と比べて多いのか少ないのか分からない。
カリーナは成績が低いようだし、少ない方なのか?
……いや、属性適性だけは並以上の才能がある可能性もある。
悩んだ末、俺は正直に答えることにした。
「俺は使えない属性がない」
「全属性を……」
やめて、そんなキラキラした目で見ないで。
中身はそんな大した人間じゃないんです。ただのオタクな大学生です。
「師匠の魔法を、見てみたいですわ」
「ん~、リクエストはあるか?」
「それでは、火属性か風属性の魔法を」
カリーナは、考える素振りを見せずにその二つの属性を選んだ。
まあ、自分の使える属性に興味を抱くのは当然か。
危ないので、カリーナに俺の後ろにいるよう伝えてから、どんな魔法を使おうか思案する。
最初は、何も考えずに一番強い魔法を使おうと思った。
だがここで派手な魔法を披露してドヤ顔はちょっと恥ずかしいし、下手をすると威力が大きすぎて引かれるかもしれないので、やめておくことにする。
かといって、弱すぎる魔法を見せても、今度はがっかりさせてしまうだろう。
自分の師匠が弱い魔法しか使えないとなると、かなり不安になってしまうはずだ。
ならばここは一段だけ下げて、火属性の上級魔法である【インフェルノ】や、風属性の上級魔法である【ヘルブラスト】あたりが妥当だろうか?
……いや、これも駄目な気がする。
よく考えると、どちらもゲーム終盤の強敵と戦えるぐらいの威力があるのだ。
王都にいる魔法使いぐらいの強さでは、束になっても勝負にならないであろうモンスターを、単独で撃破可能な魔法なのである。
王城を一撃で破壊できそうな威力だと言った方が分かりやすいだろうか?
もちろん空に向かって撃つが、余波でも土埃が酷いことになるし……
なので結局、さらに一段下げた魔法でいくことにした。
意識を集中し、集まってきた精霊から赤い玉を選んで五つ揃える。
赤い光が融合して弾けると、火属性の中級魔法である【フレア】が発動した。
地面に着弾してしまわないよう、やや斜め上に向けて、それを放つ。
魔法を発動させた時の白い光が出た次の瞬間、鼓膜を破りそうな勢いで爆発音が連鎖し、赤い炎の花が幾つも咲き乱れた。
辺りに衝撃波が吹き荒れ、地面の震動がその上に立つ足に伝わってくる。
やがて放った魔法が収まると、直接火が触れたわけでもないのに、爆発が起こった空間の真下にあった雑草がぽっかりと消し飛んでしまっていた。
想定通りの威力で発動したことに満足感を得ると、俺は自分の背後で魔法を見ていたであろうカリーナを振り返る。
見ると彼女は、尻餅をついた姿勢で口を半開きにしていた。
「どうした?」
「……い、今の魔法は?」
「【フレア】だ」
魔法名を教えると、カリーナは急にガバッと立ち上がって、俺に詰め寄ってきた。
勢いに圧されて一歩下がると、彼女はさらに一歩進んで迫ってくる。
「そ、その魔法は教えて頂けるんですの!?」
「ああ……いや、ちょっと待て」
思わず頷きかけてから、すぐに自分には魔法を教えられそうにないことを思い出した。
ゲームにもあった、精霊の?げ方のコツや相性のいい魔法の組み合わせなどなら、教えられることもあるかもしれない。
だが、使用する魔法自体はどう教えていいのかまるで分からないのだ。
だから慌てて待ったをかけると、カリーナが暗い顔で肩を落としてしまった。
「そ、そうですわよね。流派の奥義かもしれない魔法を、入門したばかりの弟子が教えてもらえるわけが──」
「いや、そうじゃないから」
カリーナの誤解を、首を横に振って否定する。
……否定してから、ちょっと後悔した。
「弟子になったからといって、簡単には魔法は教えない」という、教育方針っぽい理由を付けておけば、時間稼ぎになっただろうに……。
笑顔になったカリーナから期待の眼差しを向けられると、今さら「やっぱり駄目」とは言えなかった。
俺は短い時間、逡巡した後、ふと妙案を思いついて彼女を手招きする。
「ついてこい」
「はい」
俺はカリーナを連れて屋敷の中へ入り、二階にある書斎へと案内した。
中身を詳しく確認してないが……というか文字が読めないので確認しようがないが、何かそれっぽい本が沢山ある部屋だ。
表紙に魔法陣っぽいのが描かれてあるので、きっと何らかの魔法書なのだろうと思う。
違ってたら、謝ろう。
「この部屋にある本は、自由に読んでいい」
俺がそう言うと、どうしてか呆けた表情をしていたカリーナは、ふらふらとした足取りで本棚へと歩み寄った。
その中の一冊を取り出すと、目を皿のようにして一心不乱に読み始める。
……なんか、目が血走ってて怖い。
「できるだけ、自力で勉強すること。どうしても分からないことがあった時だけ、質問に来い」
実際に来られたら化けの皮が剥がれそうなので、心より健闘をお祈りしております。
「ほ、本当に、ここにある全ての本を、自由に読んでいいんですの?」
俺の声で我に返ったカリーナが、恐る恐るといった様子で確認してきた。
本を持つ手が、ちょっと震えている気がする。
「ああ、そうだ」
「──っ、ありがとうございます!」
頷くと、カリーナに深々と頭を下げられた。
……それって、そんなに凄い本なのだろうか?
軽々しく人に読ませてしまってよかったのだろうかと、ちょっと不安になる。
どんなことが書いてあるのか興味も湧いてきたし、これからコツコツとこの世界の文字を覚えていこうかな……と考えていたところで、部屋の外から窓を小突く者がいた。
俺が窓を開けてやると、背中の翼を動かして宙に浮いている女性が、弾んだ声を上げて中に入ってくる。
「あ~、いたいた。本当にこんな所に住んでたのね~」
そう言って二階の窓から直接入ってきた女性を見て、カリーナが瞠目した。
何やら死にかけの魚のように、口をぱくぱくさせている。
「ウリエルか。何しに来た?」
「何って、遊びに来たのよ~。昨日、そう言ったじゃない」
「……そうだったな」
昨日の別れ際、寂しそうな顔をされたのに負けて、つい住んでいる場所を教えてしまったのだ。
たしかに「暇があったらいつでも遊びに来ていい」とは言ったが、その次の日に来るとは思わなかった。
「ウ、ウ、ウ、ウリエル様!?」
「あら、誰かしら?」
ようやく声を絞り出したカリーナに、小首を傾げて彼女を見るウリエル。
二人の反応を見て、俺はなんとなく面倒くさいことになりそうな予感がした。
<<つづく>>
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<<つづく>>
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