第十話 流派
二人が風呂から上がってきた後、すぐに俺の恐れていた事態が起こった。
カリーナから魔法について、分からないところを質問されたのだ!
未だこの世界の文字すら読めない俺は、当然答えられるわけがない。
だから苦し紛れに、グーと念じてバーとやる感じだと言ったら、しょっぱい顔をしたウリエルが、今日のところは代わりに勉強を教えることになった。
「これだから天才は……」とぶつぶつ文句を言っていたことからして、良い具合に勘違いしてくれたらしい。
過去にいたであろう、本物の天才達が作った奇天烈なイメージに感謝だ。
ウリエルは全属性を扱えるが、得意な属性は火なので、カリーナには教えやすいのだそうだ。
これからも、屋敷に遊びに来た時限定だが、彼女に勉強を教えてもいいとも言っていた。
それにしても、俺の代わりに勉強を教えてくれているのは有り難いのだが、ウリエルは忙しくないのだろうか?
たしかギルド長と学院長を兼任しているのではなかったか?
仕事がどうなっているのかちょっと気になったが、深くつっこんで、その結果帰ってしまったら困るので、何も言わないでおく。
さて、ひとまずは化けの皮が剥がれる事態を回避できたのだが、今度は俺のやることがなくなってしまった。
……というか、魔法を教えられない魔法使いの師匠とか、存在する価値がない気がする。
二つを組み合わせることで威力が上がる魔法だとか、連鎖による連携だとか、そういうゲームにあったことならいくらでも教えられるのだが……実践はともかく、基礎的な理論の部分は全然教えられないのだ。
ゲームだと、レベルが上がったら魔法を覚えたしね。
コントローラーを握っていただけの俺が、魔法の勉強なんてしているわけがない。
まあ、そこらへんは追い追い何とかするとして……何とかできるかな?……特にすることがなくなってしまった俺は、アレの生産と今日の夕飯に力を入れることにした。
ちなみにアレとは、ゲーム終盤の敵がごく稀に落としていく「〇〇の実」シリーズのことである。
〇〇の部分に入るのは、「魔力」とか「筋力」の文字で、これにはステータスの基礎値を僅かに上昇させる力があった。
RPGなら定番のアイテムだろう。
それで、この「〇〇の実」シリーズ。
実はゲームのおまけ要素である裏ダンジョンをクリアすると、「〇〇の実」を生産できる「〇〇の種」が手に入るのだ。
キャラクターごとに成長限界が設定されており、一定以上は上げられないようになっていたものの、それでもゲームバランスを著しく破壊してしまう代物ではあった。
まあ裏ダンジョンの最下層にいた裏ボスよりも強い敵はいないので、「〇〇の種」を手に入れた時点で、もう他には苦戦するような敵が存在しておらず、特に問題はなかったのだが。
【エレメンタル・スフィア】のアイテムは全てコンプリートしているので、俺はもちろんこの「〇〇の種」も持っている。
そこで俺は、この「〇〇の種」を使って「〇〇の実」を量産し、メニュー画面にあった料理スキルを使ってカリーナに食べさせることを思いついたのである。
「〇〇の実」のストックもあったので、今朝に食べさせたリゾットの中にも、魔力の実をこっそりと入れておいた。
ゲームのステータスが、この世界だと何のステータスに反映されるのか分からないが、とりあえず万遍なく食べさせていこうと思う。
ゲームではアイテムさえあれば無限に食べさせられたのだが、この世界ではそうもいかないだろう。
一度に食べられる食事量には限界があるだろうし、「〇〇の実」の生産もプレイ時間では一時間に満たなくても、作中の描写では数日ぐらいかかっていたはずだ。
まあ一気にステータスが上昇しすぎても困るだろうし、ゆっくりと上げていけばいい。
カリーナに足りないのは、基礎的な能力だ。
彼女はとても勤勉だが、根本的な才能の部分が致命的になかった。
これをどうにかしない限り、彼女は弱いままだろう。
つまり彼女が強くなれるかどうかは、この「〇〇の実」にかかっているのだ。
俺には魔法を教えることはできないが、それよりも大事な部分を補うことができるのだ。
だから、ウリエルの方が師匠みたいだとか、俺いなくてもいいんじゃね? とか、そういうことはないはずだ。
俺は自分にそう言い聞かせて、張り切って「〇〇の実」の生産に着手した。
下地になる畑は、昨晩のうちにゴーレムを使って用意させてある。
俺はその畑の上に立って、アイテムボックスから取り出した種を地面に植えた。
水をやった。
……やることが終わってしまった。
後のことは、ゴーレムが勝手にやってくれる。
夕飯までまだ時間があるし、とても暇だ。
どこかに行こうにも、ウリエルにカリーナの勉強を教えてもらっておいて、自分だけ遊びに行くのは気が引ける。
でも、何もしないでいるのはつらい。
何か暇潰しに使えるものはなかったかと、アイテムボックスの中を探ってみた。
するとキーアイテムの一覧で、初心者用のチュートリアルに用意された、パズルを練習するアイテムを見つける。
選択してみると、日本で販売されていた携帯ゲーム機のようなものが出てきた。
ボタンはなく、ゲーム機を手に持って念じることで動かし、ひたすらパズルだけをやっていくものだ。
他にすることもないので、ファンタジーにはあまり似つかわしくないそれを、しばらくプレイする。
ポツポツと作業のようにパズルを進めながら……ふと俺は、「どうして自分はこの世界にいるのか?」なんてことを考えた。
どういう原理でゲームのキャラになってしまったのかは分からないし、今は考えても仕方ない。
だがそれとは別に、何か課せられた使命のようなものがあるような気がしたのだ。
明確な根拠はない。
ただ、なんとなくそんな予感がしただけだ。
カリーナと出会ったことも、本当にただの偶然だったのかと疑っている自分がいる。
俺が、アデルとしてこの世界に来た意味。
誰かから、何かを求められているような……そんな気がするのだ。
俺が、もっと師匠らしくなったら分かるのだろうか?
ならば魔法も、いずれは教えられるようにならないとな。
つらつらとそんなことを考えていると、やがて腹を空かせたウリエルが夕飯の催促に来たのだった。
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夕飯は様々な具を贅沢に盛り合わせた海鮮炒飯と、スープの組み合わせにしてみた。
三人で小さな食卓を囲み、冷めないうちに頂くことにする。
この近辺では珍しい米料理をスプーンで頬張り、ウリエルが頬に手を当てて感嘆の声を上げた。
「ん~、相変わらず美味しいわ~」
「それはどうも」
ランドリア王国ではパンが主食らしいので口に合うか不安だったが、彼女の反応を見る限り大丈夫のようだった。
カリーナなどは、食べるのに夢中になって無言になっている。
ちなみに、ステータスが上昇する実はカリーナの炒飯にしか入れていない。
しばらく食事を楽しんでいると、ふとウリエルが何かを思い出したように手を打った。
「ああ、そうそう。ちょっと言い忘れてたんだけど──」
「なんだ?」
「ちょっと困ったことになってて~」
「ふむ?」
言葉とは裏腹に、あまり困ってなさそうな様子のウリエルに、本当は大した話ではないのだろうと適当に聞き流しかけて──
「王都に【魔化の宝珠】が入り込んだかもしれないのよ」
「ブッ」
危うく、口の中の炒飯を吹き出しかけた。
俺の反応を見て不安になったのか、カリーナが食事の手を止めてウリエルに目を向ける。
「それは、どういうアイテムなんですの?」
「人の体を、魔界にいる魔族が乗っ取ってしまうアイテムよ~。人間界への侵入を目論む魔族が、時々地上に送ってくるの」
魔族という単語が飛び出して、カリーナが頬を引き攣らせた。
「そ、それは大丈夫なんですの?」
「あまり大丈夫じゃないわね~」
ウリエルの言う通り、【魔化の宝珠】はかなりやばいアイテムだった。
ゲームでも度々登場した重要アイテムで、この【魔化の宝珠】によって魔王の手先が人間界に入り込み、何度も災害を引き起こしている。
ゲームでは街が崩壊しようが、国の軍隊が壊滅しようが、「ああ、そうか」ぐらいの感想で済ませられた。
悲劇的なイベントとしての感傷はあっても、あくまでフィクションの話だったからだ。
でも、ここで同じことが起きてしまえば、そうもいかない。
「だから、一応気を付けておいてもらおうと思って。王都で魔族に対抗できるのは、私か貴女の師匠ぐらいだもの」
「師匠が……」
またカリーナが、キラキラした視線を俺に向けてくる。
ゲームでも、普通の人間では力の差がありすぎて魔族に勝てないという設定だったし、気持ちは分かる。
でもそれは「アデル」の力が凄いだけだ。
俺自身は単なる小市民なので、なんだか彼女を騙しているような気がしてしまい、尊敬の眼差しが心に痛かった。
俺がひたすらカリーナの視線に耐えていると、ウリエルが話を続けた。
「大会も近いし、それまでには何とかしたいわね~」
「大会?」
「トウェーデ魔法学院の大会よ」
ウリエルの説明によれば、トウェーデ魔法学院は夏になると、魔法使いの強さを競い合う大会を開くのだそうだ。
学年別のトーナメント戦で、主に戦闘系の流派に入門している生徒が参加するらしい。
同時に生産系の生徒による、自作魔道具の品評会なるものもあるらしいが、どうしても注目度ではトーナメント戦に負けてしまうとのことだった。
その魔法大会には大陸にある様々な国が注目しており、良い成績を残せばかなりの名誉になる。
さらには、上位に入賞した三名は学院の代表に選出され、冬に他の三つの大陸にある魔法学院の代表と戦うことになるのだ。
ただ、他の大陸からは人間以外のエルフや獣人などの生徒が出張ってくるせいで、人間しかいない大陸のトウェーデ魔法学院出身の生徒の成績は毎回のように芳しくないらしい。
話を聞いている限り、想像していたものよりもずっとスケールが大きくて面白そうな大会だった。
「ふむ。なら夏の大会で良い成績を残せば、カリーナは実家に帰れるようになるかもしれないな」
「……そう、ですわね」
俺の発言に、カリーナは暗い表情で顔を俯かせる。
「でもわたくしの力では──」
「よし、優勝しよう」
「え?」
優勝という言葉に、カリーナが衝撃から目を丸くして固まった。
そんな彼女とは裏腹に、ウリエルは当然とばかりに頷く。
「そうね~。だってラングフォード流の弟子だもの。優勝ぐらいはしないとね~」
「えっ……ええ!?」
ウリエルから飛び出したラングフォードという名称に、カリーナは限界まで目を見開いて立ち上がった。
勢いよく立ったせいで、座っていた椅子が反動で後ろに倒れる。
けっこう大きな音が鳴ったが、それどころではないカリーナは、俺に震えた声で確認してきた。
「ラ、ラングフォード流って……」
「あら、知らなかったの?」
「あ~……すまん、アキラは偽名だ。本名はアデルだ」
気恥ずかしさで頭の後ろを掻きながらそう言うと、カリーナは皿のようになった目で俺を凝視し……気を失って、後ろに倒れ込んだのだった。