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【スクールライブ・オンライン Episode智早【9(終章)】
イメージが噛み合わない。
あそこにいるプレイヤーは、本当に私の知っている篁(たかむら)なのか?
「君のバックには確か《栄光賛歌(グロリア)》がついてるんだっけ? ここで君を倒せば、《栄光賛歌》が報復に来たりするのかい?」
「え……そ、そうだ! 俺に手を出したら、《栄光賛歌》が黙っちゃいな――」
「君も知ってるんだろ? 《栄光賛歌》と《高天原(セレスティア)》に、どれくらい力の差があるのか。それを考えると、むしろ逆だと思うんだよね。《高天原》に所属する僕に、君がこれまでしてきたことが知れたら、《栄光賛歌》は《高天原》と事を荒立てないために、君を見限ると思うよ。というか君、別にメンバーでもなんでもないんだろ?」
「ん、だよ……それ。お前だって、同じ中等部の一年のくせに……」
「同じ? 君と一緒にしないでほしいな。僕は将来、栄臨学園最強のプレイヤーになる。これは《高天原》の総意であり確定事項だ。そしていずれ《高天原》のギルドマスターになる。そういう選ばれた人間なんだよ。それにひきかえ、そんな僕と事を構えた君のこれからは悲惨だね。はは、どうなるか楽しみだ」
「そん、な……やめ、やめてくれ! 頼む!」
「ま、安心しなよ。君にいじめられてたなんて、僕だって誰にも知られたくない。だから君と僕のことは、ここで決着をつけよう」
「い、いや……俺は、もう……もう、やめようぜ。まいった」
「断る。時間は無制限。どちらかのHPが0になるまで戦う。そういうルールだ」
見たこともない禍々しい表情で、篁が無慈悲に剣を持ち上げていく。
「勝負再開だ」
言うが早いか、既に戦意を喪失している三谷(みたに)を袈裟切りにする。二人のHPバーは私には見えないが、膝をついた三谷に相当のダメージが入ったことだけはわかる。
力が入らないのか、三谷は手から剣と盾を地面に落とした。
「ま、まいったって言ってるだろ。降参だ!」
体を震わせ、懇願する三谷の肩を篁は足の裏で押し、仰向けに倒した。
負けを認めている三谷を、篁はまるで虫ケラを相手にするように見下ろしている。
「この手で、智早(ちはや)の肩に触れてたよね」
そして無感情に、三谷の掌にグサリと剣を突き立てた。
「ヒ、ヒギィィ!」
三谷も例外ではなく、私たちは全員3Rビギナーだ。特に攻撃に対して視覚的に慣れていない。痛覚はないと頭でわかっていても、自身の体を貫き、切り裂く光景に体が竦み、恐怖する。
「僕を虐げるのは我慢できた。だけど、智早にしたことだけは見過ごせない」
「あ、あれは、あいつらの前で、ちょっとイイ顔したかっただけで」
「そういえば昔、智早を突き飛ばしたこともあったよね。それもこの手だっけ?」
「も、もうやめ、ぎゃっ!?」
篁は突き刺さった剣を引き抜き、先の繰り返しのように同じところへと突き立てた。
それも、一度や二度ではなく、
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
私はその惨劇が恐ろしくて、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「おっと、つい夢中になっちゃった。これだけでもHPが0になるんだね」
篁の頭上に【You Win!!】、三谷の頭上に【You Lose】の文字がフラッシュした。
「お、終わ……たのか?」
「よし。じゃあ――」
篁は穏やかな表情で、狂気に満ちた言葉を口にする。
「もう一度最初からやり直しだ」
「ヒッ、ヒイィィィ!!」
篁がウインドウを操作し、三谷の眼前に決闘申請が表示された。
「い、嫌だ……許してくれ! 謝る……全部謝るから!」
「僕はお願いしてるわけじゃない。承諾しろ」
今や立場が完全に逆転してしまった三谷に拒否権はなかった。意志に反して三谷の指は承諾を選択させられる。死刑執行と変わらないカウントダウンが再び始まった。
「頼む、これで終わりにしてくれ……」
「今度はどんな風に教育してやろうかな。手足を一本ずつ斬っていって、最後に首を刎ねる感じでやってみようか。さあ、早く剣と盾を拾え」
ここまで一方的な戦いを、決闘と呼べるのだろうか。
いや、こんなのは決闘とは言えない。ただの殺戮だ。
「僕はね、痛いのが嫌いなんだ」
落ち着いた声で篁は語る。剣を握る三谷の右腕が、肘までしかない長さになった。
「殴られて痛いのも嫌だけど、僕が殴って相手に痛みを与えることも嫌だった」
同じように、盾を持っていた左腕が、肩の先から丸ごと消失した。
「栄臨学園に入ってよかったよ。ゲームの中だと、いくら傷つけても痛くないからね」
まるでバッティングのように、三谷の両足を撫で斬りにした。
「来るな……来るなあああああッ!!」
「それはなんの悲鳴だい? まさかバーチャルなのに、痛いとでも言うのかい?」
三谷がミノムシのように這って篁から逃げようとする。
「せっかく強くなったんだから、もっと抵抗してくれなきゃつまらないよ」
這いずる三谷の背中に、斬った証である赤いラインが何本も刻まれていく。
「も、もうログアウトする……」
「無理だね。この訓練所でのログアウトはできないように設定しておいた」
「……そんな、こと……」
「できるさ。ここは《高天原》が統治するランフィード領なんだよ?」
次第に三谷の声は、泣き声と区別がつかなくなっていった。
「ごめ、なさい。ごめんなさい。ごめんなさい! ごめんなざい! ごめんなざい!」
「ちなみに強制終了なんかしたら、どうなるかわかってるよね?」
あの優しかった篁が……。
――三谷君たちと、友達になりたかった。
そう言っていた篁が……。
あの時、八千房(やちふさ)先輩たちから《高天原》の名前を聞いていたら、三谷が《栄光賛歌》の名前を出した時点でどうにでもできた。
あの時、毅然とした態度で三谷を拒絶することができていたら。逃げずに篁の傍にいることができたら、こんな凄惨な光景は生まれなかった。
後悔が、涙となってこぼれていく。
リアルでの私は、いつの間にか泣いていた。
「もうやめでくだざい! お願いひます! 許ひてくだざい!」
「あはは。三谷君はおかしなことを言うね。僕が君にやめてくれと言って、君は一度でもやめたことがあったのかい?」
「ごめんなざい! ごめんなざい! ごめんなざい!」
「三谷君、勘違いしないでもらいたいんだけど、僕は君に謝ってほしいなんて思ってないんだよ。ただ味わってほしい。弱者が強者に虐げられる痛みを感じてほしい」
「ごめ……ごめ、なさい……」
光を映さぬ三谷は、うわ言のように「ごめんなさい」と呟く。
「それにね、謝る必要はないから」
そう言って、次に放った篁の一言は、三谷から完全に希望を奪い去った。
「僕はね、君がいくら謝ったところで、最初から許すつもりなんてないんだよ」
篁の剣が、もはや茫然自失に陥っている三谷の体を幾度となく切り刻んでいく。
三谷のHPが0になれば、また最初からやり直し。それを延々繰り返す。
「もうやめろぉッ!」
私は外野から、悲鳴にも似た声を張り上げた。
篁の手が止まり、こちらに顔を向けられる。
「お前のやっているそれは、もういじめだ。その痛みを知っているお前が、それをやってはいけない」
「いじめじゃないよ。教育だ。それに、僕だからやらなくちゃいけないんだ」
「お前が、何を言っているのかわからない……」
理解が及ばず困惑していると、瀕死の三谷が私に向けて手を伸ばした。
「……た、瀧(たき)……助け――」
「汚い目で智早を見るな」
ズンッ、と。三谷の両目に篁が剣を突き入れた。顔面に剣が刺さったまま、三谷が背中から倒れる。もう何度目かわからない決闘の勝敗が決した。
「智早、僕はもう一つ学んだことがある。――この学園での生き方だ」
「生き方?」
「いじめられるのは嫌だ。当たり前だよね。あれは人格まで支配されてしまう。それを防ぐためにはどうすればいいか考えたんだ。智早は味方を増やせばいいと言ったけど、その仲間が裏切ることだってありえないわけじゃない。現に僕は、いじめられる前までは友達だと思っていた連中に裏切られたしね」
「篁……」
「だから支配されないためには、こうやって相手を支配してしまうのが確実な手段なんだ。そうすれば虐げられることもない。裏切られることもない。……仲間なんて、必要ない」
それが、篁の行き着いてしまった結論なのか。
「僕が学園を全て支配すればいじめなんて起こらない。支配させないためには、僕が支配してあげればいい。僕ならそれができるんだ」
私は絶望に打ちひしがれ、そして知った。
私の知っている篁は、もういないのだと。
「全て支配だと。なら私のことも、支配するつもりなのか……」
「智早にそんなことするわけないだろ。智早は、智早だけは僕にとって特別なんだ」
小学生の頃、篁に特別だと言ってもらえた私は、心が全て満たされるほど嬉しかった。
それなのに、同じ言葉が今は、心が引き裂かれてしまうほど悲しくて仕方がない。
「……智早……僕はずっと、智早のことが――」
「言うなッ!」
私は篁の言葉を遮った。聞きたくなかった。
「今のお前に、何を言われても…………嬉しくない……」
三谷にできなかった拒絶を、私は篁にした。
篁はほんの一瞬だけ辛そうな顔を見せ、私に背を向けた。
「……いつか、智早にもわかる時がくるよ」
そう言って、半透明に光るパネルを出現させた。訓練所を覆う膜が解除され、この決闘のために仕様変更されていた設定が全て初期化される。
篁はそれ以上何も言わず――ログアウトしていった。
しばらくすると、倒れていた三谷のアバターも消えた。ログアウトしたようだ。
「……篁……」
どれくらいそうしていただろう。
ようやく立ち上がることができるだけの気力を取り戻した私は、鉛のように重い体を動かし、薄暗い訓練所から地上に出た。全部夢であってくれたらと思うが、胸に突き刺さる苦い感情が、あまりにもリアルすぎた。
「……バカ者が……」
篁と私。どちらへも向けた悪態は、誰の耳にも届かず街の喧騒に飲み込まれた。
翌日、三谷は学校を欠席した。寮から一歩も出てこないそうだ。
さらに三日後、誰に別れの挨拶をするでもなく、三谷は別の学校へ転校していった。
◇
「智早ちゃん、それじゃあ決めたのね?」
「はい」
十分すぎるほど落ち込んだ。
十分すぎるほど己の無力を痛感した。
絶望の淵で考えに考え、悩みに悩んだ末に私が出した答えは一つだけだ。
――優しかった篁を取り戻したい。
だけど、なんの力もない今の私では無理だ。
強くならなければ。
私は鏡の前で鋏を握り、結わえたおさげに近づけた。
篁が否定してしまった仲間。
本当に大事なのは、支配する力ではなく、支え合う力なのだと篁に教えてやる。
そのためにも力をつけなくてはならない。
順当に考えれば、製造系の《鍛冶師(ブラックスミス)》では、篁と決闘しても勝つことはできない。この先、プレイヤーとしての強さは開いていくばかりだろう。
ブラックスミスは一人じゃ何もできない。仲間ありきの職業だ。
仲間がいてこそ、その真価を発揮する。
だから探すんだ。
私の力を役立ててくれる仲間を。
見つけるんだ。
篁の目を覚ますことができる、そんなパンチを放てる仲間を 。
「私を《高天原》へ入れてください」
絶対に強くなってやる。
そう誓い、私は長かった髪を切り落とした。
――五年の月日が流れた。
八千房先輩たちが卒業した後も、約束されたレールを歩み続けた篁は、学園一の高レベルプレイヤーに登りつめた。そして、当然の流れで《高天原》のギルドマスターとなり、生徒会長の地位にまで就いた。最強の実力と、最高の権力を篁は手に入れたのだ。
あの日からずっと、篁の根幹にある考え方は変わっていない。トップに立つ篁が、力と権力こそが全てと考えている以上、それがそのまま栄臨学園のスタンダードとなる。そういう体制が確立されてしまった。
私たちが栄臨学園に入学した時点で、既に城主ギルドは特権階級として扱われていたが、篁が権力を手にした頃から、城主ギルドは特権階級の枠に収まらず、支配階級へと推移していった。篁は、表向きには模範となるプレイヤー、良き生徒会長として振る舞いながら、レベルの高い者、城主ギルドに所属する者に逆らうという意識そのものを、生徒たちから排除していった。
それを私は、ただ傍観しているしかできなかった。
私もまた、《高天原》にバックアップしてもらった甲斐あって、製造ランキング1位のブラックスミスとして学園に名を馳せるに至った。
だが、それだけではなんの意味もない。
「――少年。そこの少年」
長かった。何度諦めようかと考えたかわからない。
篁との思い出が、夢か幻だったのではないかと、記憶から陰りそうにさえなっていた。
やっと見つけた。
私の蓄えた力を揮ってくれる人物。
私に力を貸してくれる協力者。
「僕、ですか?」
「うん、君だ」
――新藤零央(しんどう・れお)。
この少年との出会いが、私の物語を大きく動かしていくことになる――。
《END》
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