ゆらりゆらり
河童は脱皮して鬼になった。美しい鬼。肌や髪の毛まで白く透き通り、瞳は燃える様に赤い。頭にはもう皿は無く、背中には甲羅も無い。背中には蓑を背負い、右手には大きな包丁を持ち、額には可愛らしい二本の角が有る本格的な本物の鬼になった。
小鬼は子煩悩になった。朝から晩までコトブキと過ごし、一日中コトブキをおぶっている。108の鬼を束ね、関東鬼社会にこの人ありと謳われていたらしい螺旋角の小鬼は人間と河童のハイブリッドに心奪われ、その地位と威厳をかなぐり捨てて今は現世の俺の部屋で離乳食作りと記念写真を趣味とするただの子煩悩になった。
では俺は何になった? 俺は自分を特別な人間だと思って生きてきた。スポーツを見ればこれくらいなら出来そう。美術館に行けば俺でも書けそう。歌を聴けば俺でも歌えそう。本を読めば俺でも描けそう。俺はそうやってこの30数年何もやらずに何にも努力せずに生きてきた。
才能は磨かれなければ輝かない。そんなのは迷信だと思ってきた。本物の才能は一度開花する機会を与えられれば、大輪の花を咲かす。努力なんていらない。努力なんて才能の無い奴のすることで本物のジーニアスである俺には必要ないと思ってきた。
あれは小学校6年の時、俺はソフトボールチームに入っていた。レフト、9番。努力し無い俺は6年生と言うだけでレギュラーだった。横浜市大会、予選第一試合、西区大会を勝ち上がってきた俺達のチームと中区を勝ち上がってきたチームの試合。俺はレギュラーから外されベンチにいた。レフトに入ったのは練習を一番頑張ってた4年生、堀川の弟だった。俺はこの時思ったんだ「あ、おれソフトの才能ないわ、努力した奴に負けるなんてソフトの天才のする事じゃ無いモン」俺はその日以来ソフトのチームに行かなかった。「あ、おれ勉強の才能ないわ」「あ、おれ絵の才能ないわ」「あ、おれ音楽の才能ないわ」そうやって俺は何も努力しないまま、今まで生きてきた。誰も俺を認めてくれない。誰も俺の凄い才能に機会をくれない。俺は世界に唾吐いて生きてきた。そしてあの日お前に出会ったんだ。
「河童、もう俺駄目かな? 俺は何も出来ないまま屑みたいに生きて屑みたいに死んじゃうのかな? もしかして俺ってもしかしてだけと特別な選ばれた人間じゃないのかな? 唯のクソみたいな屑みたいな一般人なのかな? 答えろ河童!」
「そんなこと知らんよ。
だが人間。特別な選ばれた人間、特別に誰かに選ばれた人生など生きていて楽しくなかろう。お前が選べ人間。人生も、才能も、神さえもお前が選べるのだぞ、お前が好きなように生きれば良いではないか。好きなように生きて好きなように死ねばいい。お前の人生だ、お前の支配者はお前自身ではないか。怖がるな人間。人生は旅と言うではないか、旅の恥はかき捨て、人生の恥もかき捨てだ。さぁ願いごとを言え人間、俺も暇ではないのだ」
「河童、俺やっぱ一人だと怖いから俺が才能開花さすまで俺といてくんねーかな? 俺の横で俺の事支えてくんねーかな?」
「お安い御用だ、ガキでも出来る。そんな事で良いのか? 簡単な事だ。その願い承った」
では俺はなんになった? 俺は俺が好きになれる俺になったんだ。
――――第二部完※本作はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
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